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  お知らせ gathering
WALKがあってから、各地で、あるいは各地をつなぐ動きが、WALKが、ギャザリングがあっちこっちで起きています。でかけてみようよ!
【平和のためのアクション】
  GLOBAL PEACE NOW!!


■平和のためのアクション カレンダー
 1/21- 国会前での断食 (2)
 12/8 パールハーバーの日
 12/3-12/7 国会前での断食 (1)
 「PKF凍結解除」に反対するFAXを!
  =====お知らせ=======

【2002.03 内田ボブライブツアー"春風めぐる"】
【Music CD "OPEN TUNE"発売】
  =====終わったイベント=======

【2001.10 ビッグマンテンへの道上映会&山尾三省さん追悼の集い】
【2001.09 お話の森 at ジブリの森】
【2001.09 内田ボブライブツアー"巡礼"】
 

日本の飛騨高山から、そこを聖地とするネイティブアメリカンの人たちが強制立ち退きをせまられるBIG MOUNTAINまで、たくさんの人の協力と祈りを得て歩き通した『THE LONG WALK for BIG MOUNTAIN』。このWALKの記録映画が、やっと完成しました!(監督 =大重潤一郎、音楽 =岡野弘幹、ナレーション =山尾三省) 上映時間は45分ですが、たっぷりと時間をとって、HALからはいまだ苦しい情況に置かれる現地の報告が、おはるからはWALKでつながった人の輪から生まれたオムニバスアルバム『OPEN TUNE』の発表があります。内容の濃いギャザリングになるでしょう。最後に、先日他界された山尾三省さんの映像を流し、彼のメッセージに耳を傾けます。


場所=西荻窪ほびっと村3F、ほびっと村学校。西荻窪南口、富士銀行の角を左へ曲がって左側。1Fが自然食の八百屋さんになっているビルの3Fです(03-3332-1187 当日のみ)
時間=2001年10月28日(日)午後2時から6時まで
料金=カンパ
WALK IN BEAUTY PROJECT=0563-59-3890、090-6576-4727(hal) 
東京連絡先=090-4399-0283(熊田野人)



世紀の変わり目に起きた数々の平和を願う行動の一つとして、僕たちは聖地ビッグマウンテンまで歩きました。多くの人が支援し、祈りを託し、そして自らの一歩を祈りとして長老たちのもとに、その想いを届けましたが、いまだ現地ではさまざまな事が起きています。一つにはこの夏のサンダンスの時に、長老たちを含む5人の女たちが逮捕されたこと。そしてその後サンダンスの場所が徹底的に破壊されたこと…。

そこにあったマザーアースの子宮を表すスエットロッジと、宇宙すべての生命を象徴する、二またにわかれた聖なる木は無惨にも破壊されましたが、そのあとアメリカと、この現代文明を象徴するツインビルが崩壊しました。偶然とは思えないそれらの出来事の示す、その意味は一体なんなのだろうか………。このふたつの出来事のあいだに静かにこの世を去った、山尾三省さんの晩年の映像とそのメッセージ、そしてビッグマウンテンの大地とそこに住む長老たちの声にいまいちど耳を傾けたいとおもいます。平和とは、祈りとは、僕たちの生きるこのいまを見つめ、ともに足下にある問題と共に語り合える場となることを願います。

つながるすべての仲間たちへ、こんな時だから集まろうよ!

walk in peace, all my relations
Walk in Beauty 山口晴康



オープンチューン

CD3枚組 42曲入(約210分)3500円(〒送料300円)
11月上旬に発売予定
http://open_tune.tripod.co.jp/index.html

Open = 開かれた・さえぎるもののない・自由な・隠しだてしない・・・
Tune = 楽曲・調和・一致・音楽で表現すること(祝うこと)・・・

プロデュース
村岡“oharu”雄治(CHINA CATS)

参加アーティスト
山根麻以、南正人、早苗ネネ&星川マリ、内田ボブ、中山ラビ、島田啓介with 広島PeaceWalkers、熊谷門、山道康子、下村誠、 China Cats、天空オーケストラほか、計42バンド出演

連絡先 0422-32-8717 村岡(夜10時まで)
購入方法 1)参加ミュージシャンから直接買うか、2)郵便振替口座 00160−7− 63463 オープンチューン村岡雄治まで、送料込3800円をお振込みくだされば、郵送いたします。




三省さん追悼の集い


●この上映会の一部を「三省さん追悼の集い」としたいと思います。

日本のどこの川の水も、屋久島の水のように、どの川も飲めるようにしてほしい。 日本国憲法の第9条を世界の憲法第9条にして、戦争をなくしてほしい。 核兵器・原発をこの地球上からなくしてほしい。」 三省さんはこの「3つの遺言」をみんなへの置き土産にしてくれました。続いて起きた<NYテロ事件>、そして報復=戦争のシナリオに硬直してゆく国際的な軍備情勢に、もし生きていたら彼はどんな気持ちで、どんな洞察を示すだろうか…。和であるという生き方から学ぶことが、これ程大切に思われる時もありません。三省さんの置き手紙「三つの遺言/戦争をなくしてほしい」というメッセージをベースに、ビッグマウンテンから発される問題から戦争を選ばない道まで、開かれたギャザリングを持ちたいと思っています。


●三省さんと「ほびっと村」

三省さんは、日本初の「有機・無農薬八百屋」のメンバーとして、ホールアースカタログの日本版というイメージで編纂された「やさしいかくめいシリーズ」編集部の一員として、この上映会が催される「ほびっと村」の興りに関わっています。また、屋久島との出会いを著わし三省さんの代表作となる『聖老人』を出版したのは「ほびっと村」の本屋さんでした。70年安保、反戦、カウンターカルチャー、コミューン運動、そして屋久島へと続いた彼の人生にとって、「ほびっと村」はまさに所縁の場でありました。


●「追悼フィルム」作成にご協力お願いします!

今回上映される映画の監督・大重さんは、ナレーションをしてくれた撮影時の三省さんの面影や談話記録を短く編集して「追悼フィルム」を最後に追加しようと考えています。ついては、皆さんの周囲で「山尾三省さんを偲んで」という形の新聞記事、出版物などを見つけた方、「追悼」フィルムに編集したいので、是非コピー(か原版)を郵送で大重監督まで(上映会に間に合うよう、なるべく早く!)お送り下さい。

送り先=大阪市都島区中野町4-5-13-702 海プロ 大重潤一郎 tel 06-6882-5110




東海教育研究所 岡田さんのご厚意により、三省さん最期のインタビューとなった月刊「望星」に掲載の記事を再録させていただきました。

山尾三省インタビュー本物の「意識」が世界を変える

東海研究所発行 月刊「望星」(2001年8月号より採録)

屋久島の森に家族とともに棲み、数々の詩やエッセイを通じて、私たちに生きることの根源を問うメッセージを発し続けてきた山尾三省さん(六十二歳)。その森の詩人・哲学者が、もはや手術が不可能なほどの重い胃癌に罹っていることを自らのエッセイの中で公表されてから半年近く。淡々とした筆致で、自然界の営みと自分の生死を静かに見つめる文章は、多くの読者に深い衝撃を与えた(月刊Outdoor2月号「銀河系の断片」)。このほど立松和平さんとの二冊目の対談集(「水晶の森に立つ樹について−宗教性の恢復」文芸社)を刊行されたのを機に、屋久島のご自宅に療養中の山尾さんを訪ね、お話を伺った。(聞き手・構成 堀越哲朗)


地球と自分は等身大のもの


――三省さんは一昨年から今年にかけて、立て続けに何冊かの重要な本(「聖なる地球の集いかな」山と渓谷社、「法華経の森を歩く」水書坊、「アニミズムという希望−講演録・琉球大学の五日間」野草社、「カミを詠んだ一茶の俳句−希望としてのアニミズム」地湧社、「瑠璃の森に棲む鳥について」文芸社、等々)をお出しになりましたけれども、それを読んでいくと三省さんのいままでおっしゃってきたことや考え方が非常に明確に、ある全体像として示されてきたという感じがするんです。それを一言でいいますと「アニミズムという希望」、それから立松さんとの二冊の対談集の副題にもなっている「宗教性の恢復」というような言葉がキイワードになると思うんですが、それと時を前後するようにして、三省さんご自身が重いご病気にかかっており、しかも末期治療は受けないで自己治癒の道を選ぶということを公表されたわけです。そしてそれが多くの読者にひそかな衝撃を与えたと思うんですね。で、いま、一九六〇年代の「部族」の運動やインド巡礼を始めとする三省さんの生き方や思想に少なからぬ影響を受けた団塊の世代、あるいはかつてのヒッピー世代といった人たちが、まさに自分たち自身の生・老・病・死と向き合う年齢にさしかかってきているわけです。現にぼく自身、自分の身の回りに実際に癌の手術を受けて入院中の友人とか、「え?あの人が」と思うような人が、五十を目前にして亡くなってしまったりとか、そういうことがこのところ相次いでいるわけですね。自分自身のこととしても、もうそういう人生の帰り道ということをしっかりと考えていかなくちゃいけないなという気がしているもんですから、これは「アニミズム」や「宗教性」ともつながるテーマだと思うので、それぞれの人が「老い・病い・死」とどう向き合っていくのか? その辺のことに関して今日はお話を伺えればと思うんですが。

そういういちばん大事なテーマでお話できるのはありがたいと思います。というのは、たまたまそういう集大成的な仕事にかかってきたときにこういう病気が出たということでは、感じていることがあるんですよね。人生の帰り道をしっかりと考えていかなくちゃということについては、まったくその通りだと思っております。ですからそういう意味では、まさしく仕事の中身とそれから自分の生き方がそのまま一致しちゃったというね(笑い)、あまり一致してほしくなかったんだけど一致しちゃったみたいな気がして、まあこれがまた自分の生き方だったのかなという感じは持っておりますね。ぼくなんか六〇年安保の世代ですから、まあいわゆる団塊の世代もそうだったと思うんですが、自分の生き方を誠実に追っかけていくっていいますかね、それがテーマだったと思うんです。ある意味ではどの世代もそうだとは思うんですけども、ぼくらにはぼくらなりの、六〇年代世代特有の誠実さの在り方があったし、団塊の世代は団塊の世代特有の誠実さの在り方があったと思うんです。そしてぼくなりに正直に自分の道を歩いてきて思うんですけれども、やっぱりいちばん大事なことは、この宇宙といいますかね、地球と自分とが結局等身大のものだったんだなということを実感する、それがいちばん大事なことでもあるし、生きるということのテーマでもあるし、これからもあり続けるんじゃないのかな、という結論にいま達したところだということができるかもしれません。

――それはインドの用語で言う「ブラフマン(宇宙真理)即アートマン(自己)」というような意味でですか?

まあそういう意味でもありますけれども、インドの用語を使わなくても、日本でも例えば夏目漱石が「則天去私」と言ったときの「天」というのは、そういう意味なんですよね。そういう、いろんな格言めいたものの言い方でもって、日本人は自己と世界あるいは自然との関係というものを理解してきたわけです。ただ、ぼくらはやっぱり「則天去私」というわけにはいかなくて、さっきの「ブラフマン即アートマン」というようなインド経由の言葉でもって入っていったわけです。例えばビートルズの人たちがインド経由で、あの世代のひとつのポピュラリズムを獲得したように、ぼくらの世代というのはインド哲学経由でもって自分たちの哲学をつくってきたんですが、それはかんたんに言えば「私は誰か?」(ラマナ・マハリシ)という問いだったわけですね。そしてその「私は誰か?」と問うことが、そのまま生きることの中身でもあった。ある意味で「私はお金である」っていう部分もあるわけですよ。そういう部分もあるし、「私は神である」っていう部分もあるし、いろんな要素の混在物として人間というのはあると思うんです。その中で、それを総括する質問として「私は誰か?」という問いがあったんだと思うんですね。で、その問いを問い続けてきた。その結果、結論として思ったのが、まあこれは立松さんとの対談のサブタイトルにもしたんですけど、人間の中には人間の自然性として「宗教性」と呼ばれるものが含まれているんではないかということなんです。それは何も大げさなことじゃなくて、本当に初めから生れつき備わっているものとして、何か物事を問うということ、それ自体がもう「宗教性」だと思うんですよね。それが人間の自然性である。意識を持っている動物であるという特性ですね。この意識を持っているということ自体が「宗教性」である、と言えるんじゃないかなと思うんです。それに尽きると言っているんではなくて、人間の意識とは少なくともそういう側面を持つということが言いたいんです。


人間の場所性について


――三省さんの思想のキイワードに「故郷性存在」という言葉がありますけれども、その意識を持った人間というのは、どこかに還ってゆくべき場所・土地、そういうものを求める存在なんだということをおっしゃっていますよね。それはやはり人間の意識というか、存在にもともと備わっているということなんでしょうか?

そうですね。これはもう人間の属性だと思うんですよ。というか、人間自体が陸上動物であるという属性を持っているわけですよね。つまり人間は陸(土)から離れることができないんです。ですから場所性というものは、人間自身のそういう性質・属性だというふうに理解していますけれども。

――その場所性ということについて三省さんは、「この場所で自分が充分に死ねるかということを尺度にして住む」というふうにおっしゃっていますが、去年お出しになった「カミを詠んだ一茶の俳句」という本を読みますと、五十にして故郷信濃の村に帰った一茶が詠んだ例の有名な句「これがまあつひの栖か雪五尺」の別ヴァージョンとして、「これがまあ死所かよ雪五尺」というのがあったとお書きになっていますね。やはりその「死所=つひの栖」が見い出せた人というのは、自らの老いや死に対しても何かはっきりした態度を取ることができると。

それはもう本当にそうだと思いますね。「死所」というのは、空間としての「死に場所(住む場所)」という意味と、それからスピリットとしての「死に場所」、意識としての「死に場所」ということもあると思うんですね。例えば会社人間という人がいますよね。私たちはいままさに定年を迎えている世代なんですけど、自分の生涯は幸せだったかって振り返る時期だと思うんです。そのときに自分の人生を肯定できる人は、自分の属していた場所がいい場所だったと思える人だと思いますね。いい会社に自分は勤めることができたと。会社という空間自体がいいか悪いかは別にしても、その会社との関係においていい関係を持てた人というのは、自分の人生を肯定できると思うんです。そういう意味では、場所性には空間としての場所性もあるし、それから時間としての場所性といったらおかしいですけど、それが意識ということなんですね。意識と空間の交わる場所、それが時間というものですから、そういう時間性というものもその中には含まれてくるだろうと思うんです。ですからぼくは自分の人生として、この屋久島という場所を選んで、そしてここで死んでいきますけども、そのことに満足していけるつもりでいますけども、それをぼくは主張しているわけでは決してないんです。そうではなくて、例えば東京のど真ん中で大手町のビルに勤めて、そしてそこで定年を迎えると、そういう人生も充分にありうるわけです。もちろんこういう屋久島のようなところに住んでいても、いろんな苦しみもあるし、つらいこともいっぱいあるわけですから、何から何まで百パーセントいい場所、極楽じゃないですよね。じゃないけども、自分の人生を七〇パーセントで肯しとするとしたら、七〇パーセントで俺の人生よかったよって思えれば、それでよかったんだと思うんです。


家族の中で人は死ねるか?

――「ついの栖」というのは定住者にとっての最後の場所ということなんですが、例えばインドの四住期の考え方ですと、学生期・家住期・林棲期のあと、人生のいちばん最後に遊行期というのが来るわけですよね。そういうような老いとか死の迎え方については、どういうふうにお考えになりますか?

あれはね、やっぱり素晴らしい死の迎え方のひとつだと思いますね。いまでも、いろんな人間の死の迎え方がたくさんあると思うんです。その中の選択肢のひとつとして、「太陽と水だけで倒れるまで歩け」という言葉に象徴されるんですが、そういうものとして遊行して死んでゆく、最後のお釈迦様のような死に方ですね。それもやっぱり素晴らしい死に方のひとつだと思いますね。と同時にいま、自分はこういう家族の中にあって家庭療養というものをしているんですが、家族に囲まれて家族の中で死んでゆく、病院ではなくて、家族の家で死んでゆくというかたちですね。その死に方もいまの文明のこの有り様の中では素晴らしい死に方のひとつだという感じがするんですよ。やはりこれからは社会問題としてね、とくに老後という問題を抱えるときに、この「家族の中で人は死ねるか?」というのは、大きな問題になってくると思うんです。ですからぼくは、ひとつのあこがれとして、お釈迦様のように遊行者として死んでゆくという死に方にもあこがれますけれども、現実には家族の中で家族に看取られながら死んでゆくという死に方を選ぶだろうし、それが選べればそれが最高だと思っておりますけどね。そういう意味では、病院でベッドにつながれて死んでゆく死に方、これがまあ最悪ではないのかなと思いますね。

――でも、いまはそれの方が圧倒的に多いですよね。

多いですね。ですからこの生老病死の、病・死の迎え方の問題というのは…、あのぼくはまだ必ずしも死ぬと思っているわけではないんですが(笑い)、ひょっとしたら生きるかなと、生きようとは思っているんですが、再起のテーマというのはそれですね。テーマのひとつとしては、「家で死ぬ」という家族の再構成です。「死ねる家族」、その中で死ねる家族の再構成といいますかね。それは必ずしも古い家族制度を復権するということじゃないですよ。古い家族の在り方を復活しようということではなくて、新しい家族の在り方として、家族の中でお互いに面倒を見合いながら死んでゆくといいますか、そういう新しい家族の生き方はあるし、死に方があるのではないかな、というふうに思っているんです。それはこれから見つけていかなきゃいけない問題のひとつだと思いますね。

――ぼくの住んでいる長野の山村なんかですと、やっぱり古い農家で広い家が多いですから、そこに寝たきり老人がかなりいるわけです。で、介護保険とかが入ってくると、家の嫁さんはむしろお金になるから、アルバイトで他所の家の老人介護に行って、自分のところは他の人が見に来るというような変な現象が生じてきているわけですね。

そうですね。この介護保険というのは本当にいろんな問題を含んでいますよね。ただもう出てきちゃった問題ですから、これはもう踏み石にすぎないわけですから、これをステップにして新しい家族の在り方を問い直していかなきゃいけないでしょうね。そこで問い直すときに基本的に大事なのは、「自分はどこで死にたいか」という自分の意志選択がはっきりしていることだと思います。他の人はともかく、自分はどこでどういうふうに死んでいきたいかがはっきりしているということが、いちばん大事なことだと思いますね。それを選んで、あらかじめそういう方向へ自分の生を向けていくべきなんじゃないでしょうか。


意識というものの自由と、重大さ

――これはぼくの知り合いで特別養護老人ホームで働いている方に以前聞いたんですが、その老人ホームでは「死」という言葉がタブーなんですよね。それは一切言ってはいけない言葉であると。そういう、社会の風潮としても「死」ということをタブー視するということ自体が問題だという気がするんですが。ですから三省さんにはぜひ再起していただいて、そういうことについてまたお書きになっていただきたいですね。

それはもう「死」というのは、まあこれはぼくらの世代の責任でもあるわけですよね。ある意味で、生でもって死を覆い隠してきた世代なんですよ。生きることに夢中で、生きていればいつかは自然に死んでいくんだ、みたいな感じでやってきた世代だったと思うんですけども、そうではないですよね。やっぱり死というものは常に、二十代であろうと三十代であろうと、生があると同時に生の真横にあるいは真裏に死はありますからね。それこそまさに腹合わせに、生死(しょうじ)という問題があるんです。それは昔の武士道じゃないけれども、やはり生死というのはそういうものとして捉えなけらばならない問題だと思いますね。生があって死が来るという、そういう順番的なものじゃないだろうと思います。とくに二十代以降といいますか、十五歳を過ぎて意識的な人生が始まって以降は、生老病死というのは一体のものだと思います。それはなぜかといったら、「意識」を持つ動物だからですよ、人間は。ですからぼくとしてはぜひともお伝えしたいのは、人間が意識を持つ動物だというこの事実。その意識をどういうふうに向けるかによって、社会も変わるし、個人も変わっていくわけですよ。その意識というものの自由と、それから重大さ。そのことをどうしても伝えたいですね。意識によって社会が決まってくるっていうぐらい、意識というのは大事なんです。長野にお住まいだったら、あの田中知事一人がどれだけ大きな風を引き起こしたかということも、意識というものが引き起こすことのできる一例ですね。まあ政治の問題になりますといろいろ異論があるかもしれないけれど、例えば小泉さんが同じ自民党でありながらあれだけ世論を変える力を持っていた、これも意識の力ですよ。人間の意識が持っている力というものを、私たちは軽く見たらだめだと思いますね。それは本当にまじめな意識、嘘のない意識、本物の意識っていいますかね、それを持って生きてゆく。真っ正面からですね。そういうものを取り戻していかなければいけない。私たちはみんな、物質でいままでごまかされてきたと思うんですよ。モノを買うということにおいてね、消費ということにおいて代償してきたんだと思うんですけど、もうモノにはだまされない。そういう時代に入りましたから。もうモノではだまされない、これから本当にものをいってくるのは「本物の意識」なんだろうと思うんです。本物の意識によって社会の方向性が決まってくる、ある意味じゃいい時代を迎えようとしているんじゃないでしょうか。

〈インタビューが終わってから、いま行なっている治療法のことなどを三省さんに尋ねると、生姜湯湿布や枇杷の葉温灸といった物理的な自然療法の他に、自らの「意識療法」にも真剣に取り組んでおられるとのことだった。それは自分の意識をできるだけ至福の状態にもっていくことによって、癌細胞をひとつひとつ消していく瞑想治療の試みで、今回のお話全体を通じて人間の意識の力というものを繰り返し強調された三省さんの意図が、そのことからもよく伺えた。山尾三省さんの一日も早い再起を願ってやまない。〉

(取材・2001年6月12日)



「ビッグマウンテンへの道/山尾三省さん追悼会」のちらし


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