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WALKは政治的なデモ行進でも、長い遠足でもありません。WALKはスピリチュアルなもの、祈り歩くこと、日本語でいえば巡礼です。WALKとは何か?今回のWALKとは?を知るためのコーナーです。
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  WALKの精神

 
 
  ●WALK, touching mother earth with my steps

歩くことは、母なる大地に触れることです。歩くことを通して、傷つけられた大地を聖なるものとして取り戻し、未来のこどもたちへ伝えていくのです。 (トムさん、今回のPEACE WALKの出発前夜に)


●WALK IN BEAUTY

WALK IN BEAUTYはWALKの精神の基本です。「May we (you) walk in beauty. 私たちが調和のとれた美しさの中を歩いていけますように」というディネのお祈りのことばから来ています。(原語では Hozho go Nah Naazo、ホジョナ ナジョオと発音します) 少しでも私たちがそのすべての思いと行いを通 じて美しい調和の道を歩けるように祈りをこめて。その祈りが7世代先の子供たちにとっても永遠に美しいものとなるように、そしてつながるすべての命のために…。
(HAL、2000年1月のBIGMOUNTAINに向けてのWALKに「WALK IN BEAUTYプロジェクト」と名付けたことについて)



●歩きつつ祈る、この具体的で精神的なこと

平和行進一般にも言えると思いますが、広島へのWALKは、「歩きつつ祈る」ということが基本になっています。走らずに歩く、多くの言葉を費やす代わりに祈る、という意味をそれぞれが深く内省すべきではないでしょうか。歩き、祈るということは、原始から人間が行ってきた、非常に基本的で、かつ生きるために欠かせない行為です。またそれは具体的で、肉体的であると同時に深く精神的なことでもあります。歩き祈るためには私たちは、場所的にも時間的にも精神的にもつねに、「そこに居なければ」ならないのです。(島田啓介)


●祈ることと行動すること、歩くこと

・・・・・・・それが今、具体的な祈りとして問われているんだ。
(ボブさんの言葉)


●デニス・バンクスからのTHE LONGEST WALKへの招待に応え、日本山妙法寺の藤井日達師が返事を書いた手紙より抜粋。(1987年5月)

この大行進は、従来分裂せし80部族の全インディアンが大同団結して一体化せんがために行われました。
この大行進は、機械文明の暴力に勝る精神文明の威力を発現せんがために行われました。
この大行進は、身を護る一本の剣をも帯びない、非暴力の行進であります。
この大行進は、疲労をいやす一杯の酒精さえも禁止せる純精神的行進であります。
この大行進は、わが肉体を傷つけ、わが肉体を捧げる犠牲の行進であります。
ザ・ロンゲスト・WALKを成功せしむることは、暗黒に覆われたる現代世界に一条の光明を射し出す所以であります。
日本国は過去、百余年前より「力は正義なり」という西洋人の迷信を受け入れ、いわゆる軍国主義を採用し、ついに第一次、第二次世界大戦に突入し、その結果トルーマン大統領の命により、原子爆弾が日本国の広島と長崎に投弾せられました。人類最初の核兵器の被害であります。
核兵器の開発製造、蓄積等、すべて無益にして有害の仕事であります。
人類生存のために、核兵器廃絶の誓願を発し、国連事務総長にこれを要請せんがために四百名の代表団を結成してアメリカ合衆国に渡ります。私もその一人であります。
私もすでに90歳を過ぎました。身も心もともに衰老して何の役にも立ちませぬ。ただ誓願に引かれてアメリカに渡ります。たとえ一歩なりとも行進団の中に加わって、行進せん事を希望する者であります。


●WALKはお布施によって、成り立つもの

WALKの寝食は「お布施」によってなりたつものです。歓待されるのは当たり前ということではありません。毎日ぼくたちに寝る場所を提供し、食べ物を用意するなど心づくしでもてなして下さる地元の方、祈りを持って参加してくれる多くの人々ゆえにこのWALKは進んでいける、そんな感謝の気持ちを忘れてはなりません。
30年近くを空身で歩き続け、平和を身をもって体現し路上で亡くなった、「ピース・ピルグリム」という、アメリカ人の女性の伝記には、彼女の言葉として、「私は巡礼者。人類が平和の道を見い出すまで歩き続ける。寝る場所が与えられるまで歩みを止めず、食べ物が与えられるまで断食を続ける」とあります。私たちも、難は鞭と思って、新たに身をただして床を取り上げ、日々出かけていきましょう。「発願」という形で自分が選んで参加したなら、その覚悟が必要です。(島田啓介)


われわれのWALKは、迎える者も、歩く者も区別なく、天を仰ぎ地を踏みしめて歩くことが祈りであり、WALKを進めることが平和につながるということを信じて、それぞれの力を合わせるということで、みな対等です。長期に歩く人も、WALKを迎え、送り出す人も、1日だけ歩く人も、情報を流すことをかって出る人も、連絡先を提供する人も。

人材も物資も、必要なだけ集まるし、また、集まったところでやっていけばいいと思います。というわけで、本隊も、その他参加者も区別はないと思います。人材も物資も、必要なだけ天が与えてくれるし、また、集まっただけでやっていけばいい。だいたいの人数の見当をつけて、しかし、それだけ用意できなくてもかまわない。たとえば、スープとごはんを、釜の容量や、食材の量や、調理場所や、人手の範囲内で用意して、歩いた人も迎える人も、みなで分け合い、不足分は、ウォーカーもお金を出し合って、パンを買ってきてもよい。食器も、ウォーカーは自分の分を持ち歩くことは基本です。“ホスト”として、“ゲスト”を迎えるのではなくて、たとえば15人分用意して、30人になったら、みなで半人前づつ分ければよいのです。(10/23、河本和朗)


●平和の器として見合うだけのWALKERとして

ウォークが携えているひろしまの火。この灯は犠牲の灯であり、多くの苦しみを背負っている灯だ。それを漫然とただ運んでいるだけでは、平和や愛の灯として、広島入りができるわけがない。交流会でも、真剣に地元の問題に取り組んでおられる多くの方々に出会うにつけ、はたしてそれに見合うだけのものがぼくたちにあるのだろうかと振り返ると、赤面を禁じ得ない思いがした。

聖フランシスコの「私たちを平和の器として下さい」という祈りの意味を、もう一度心に深く沈めることになったのは、じつは具体的にはあきお君のやけどのアクシデントがきっかけだった。

疲れやセッティングの問題など、様々な原因がからんで起きた事故だったが、ぼくはこれが、ぼくたちウォーカーの祈りの浅さに対する警鐘だと思っている。ぼくたちは広島の灯という、地球始まって以来の悲惨をもたらしたものを、平和の灯として新たに21世紀に届けるために歩いている。しかしその重い灯を、神輿を担ぐように支えるのは、祈りの力をおいて他にない。祈りがバラバラだったり弱過ぎたりすれば、再びそれは怒りの灯となり頭上に落ちてくる。

ぼくたちは自分達のやっていることを、あまりにも軽く考え過ぎてはいなかっただろうか。平和の容れものとしての自分を作っていかなければ、灯は再び暴れだす。(10/30、島田啓介)
 

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