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長良川Walk
nagaragawa walk
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1990年、長良川の河口堰建設をきっかけに始まったWALK、今年10年目を迎えます。河口堰は残念ながら95年から稼働していますが、いつの日か開くことを祈りながら、毎年歩くコースや季節を変えて、歩き続けています。
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長良川
Walk
Walkerの声
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ウォークを終えて 英次 岐阜県多治見市
10回目の長良川ウォーク。前回から参加して、2回ともだいたい全部歩く事ができた。2回とも上流から下流へ、同じ川を歩いたけど、川の印象も歩きの内容も随分違うものになった。
9回目のウォークの時はキャンプの経験もあまり無かったし、歩く事自体に目的を持つという意識も初めてで、歩きの中にある生活も、毎日川を見ながら歩く20km弱の道もとても新鮮だった。
玄米を食べたのは初めてだったし、上流から下流までの川の変化の大きさをいつも感じていたし、一緒に歩いた人と話すことは、とにかく知る事が多くて楽しかったし、この時のウォークは川や人から感じ汁事や知る事がただ楽しくて、そのまま最後まで歩いた。本当に楽しいという感じのウォークだった。
参加した2回ともとても楽しかったし、くつろげる時間だったというのは同じだったけど、何も知らないまま、用意してくれた行程を歩く事と、始まる前から関わっていて、ウォークに対する価値観を持って参加した事が自分の中では一番大きな違いだったと思う。
それに今回のウォークは参加する事自体最初は迷っていた。ちょうど仕事が終わって、視線は次ぎの場所に向いていたし、何より前回のウォークを歩いた後の日常の中で、自分ガ何もせずにすごしてきた事を、後ろめたく感じていて、こんな意識の低いまま参加しても良いのかという思いが強くあったからだ。でも、今回が最後という事もあって、歩きたいという気持ちも強くて悩んだ末に歩く事を決めた。
今回のウォークではピースウォーカーの人達が参加していた事もあって随分沢山の人と出会えて、沢山の話をしたけど、その中で自分の中にあったものが変わったり、新しい価値観が入って来たりする事が本当に多くて、川や空気や水に変化と同じ位に自分の変化を見ながら歩いていた。
そしてその中でも、大きかったというか、歩きの中で出会えてよかったことは、「ただ、ありのままに川を見る」という言葉だった。
かなり遅かったかも知れないけど、その言葉を聞いた時に初めて長良川ウォークの目的と自分の参加している意味が分かったからだ。
そして目的を理解した時、どうして長良川ウォークは「歩き」なのかという事も理解できて、川を歩くという選択をしたことにめちゃくちゃ感動した。
とてもいまさらなことだったけど、このことは本当に大きな出会いだったし、ウォークの途中で、誰かと話して、いまさらな事にきずいて、考えて、驚いてっていうことが何度もあって楽しかった。
そしてウォーク自体も春の気候が穏やかで歩きやすくて本当にきもちのいいウォークだったし、締めくくりだったグリーンギャザリングは、想像を超えて(どんなものか想像つかなかったけど)いいゴールだった。
本当に楽しいウォークだったし、その中で出会えた人や考え方や言葉は、狭かった世界を広げてくれた。
いい歩きができたと思う。そしてこの10回長良川ウォークを作った人達に感謝します。
穏やかで、気持ちのいい流れを共有できた事に、大きな感謝を込めて。
長良川ウォークに参加して 中村 光則 山口県
僕は、記念すべき10回目の長良川ウォークに初めて参加しました。縁あって、山口県からはるばるの参加です。広島〜長崎をつないだピースウォークに味をしめ、今回も歩く喜びをひたすら味あうつもりの参加でした。ところが、歩き始めて、この目と耳で五感で川を感じる程、長良川の悲鳴が聞こえてきます。行く先々で地域の人々の話を聞けば聞くほど、問題は、深く大きく、悲しみは、増える一方、足は下流に向かい水量が増すと同じに問題点も増える。だから、歩きながら考える、祈るけど何も解決しそうにない。う〜ん、このジレンマをどうする? どうすればいいのか? 日本一の清流といわれたこの川が本来の姿を取り戻すには、僕達一人一人がもう一度川との繋がりを取り戻し、川と共存できる生活・生き方をするしかないのではないのではないか、何となくそんな気がした。だから今歩いてるんだし、この気持ち、沢山の人々に伝えたいと思った。僕の住む、山口県でも、今、上関原発の事で、大変な事になっている.県知事が、条件付ではあるが原発建設に同意をしてしまったのだ。このニュース、何と長良川ウォーク中の4月23日の事件だった。とてもショックだ。とても悲しかった。でも、いつまでも悲しんではいられない。僕は僕なりに、歩きつづけようと決めた。
今、日本はとんでもない方向に向かってはしり続けている。どこへ行くのやら? でも僕は、そんな日本の大地を踏みしめ、原発も、ダムも、河口堰も必要のない世界に向かって、ゆっくりと確かに、あるきつづけていきたい。
皆さんも、それぞれのすばらしい「道」を、歩きつづけましょう。
(無題) 藤根 正樹 埼玉県秩父郡
今、私は、東京湾埋立地の上。人間のひとつのただの創造物、ディズニーランドという、売り物の夢、ただ成り得ない一過性のアメリカンドリームの元で、生活費を稼ぐ時間にもどっています。
長良川ウォーク、思い出深い時間の共有でした。過ぎてから現実味をおびる感じ、その時にその場で、皮膚の毛穴から全身で感じた、その時間の現実味。伝わる事で、こだまとか、鏡の様に伝え帰る、倍音のイリュージョンという、現実味。
あの場に出会えて良かった。あの場をキープし準備をされた人々に感謝、感謝!
私にとってケンさんの遺骨を解き放った今回は、初めての参加にして、深い想いを胸に宿しての、自然と現実との接点でした。
歩くリズムで色々な人と話せた事。人間のリズム。ウォークのリズム。ごく自然のリズム。とっても普通な事なのに、ひざの裏を痛めたけれど、新鮮でした。
なぜ?私も含め多くの人の体が、退化?進化?変化?しているのでしょう。あの長良川のように。決して人も変わらずにはいられないのでしょう。自然と同じように。そんな事を、ディズニーランドで感じています。
歩きながら出会った花、一つ一つを愛くるしく感じ目にした動物の生きる姿に"一声"ことばにならないメッセージを沢山、沢山おくり、伝えたくなってしまった。
人と自然の壮大な関わりに、ひとの叡智と底力、現代の人間の動物性忘れた、いびつな姿に、底知れぬ不安と脅えも感じてしまいました。
現代社会が抱える、確証しにくい巨大なストレスとカルマ、ジレンマetc。宇宙の変節期
大きな大きな空の下、体内宇宙との共振が自然と響き合った、親友との引き合わせが、道とせの道と出会い、又、繋がる。
本当に ありがとう。 これからもよろしく。
リズム バイ ウォーキン ウェン ウイ ウォナ ゴー トゥ ビー ヒァー ナウ フューチャー
Lonng tall Sallys 2、5、2001
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