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  長良川Walk nagaragawa walk

1990年長良川の河口堰建設をきっかけに始まったWALK、今年10年目を迎えます。河口堰は残念ながら95年から稼働していますが、いつの日か開くことを祈りながら、毎年歩くコースや季節を変えて、歩き続けています。

--------長良川WALK「歩きながら」を終えて
■ ボブさんのメッセージ  ■感想文 1 2  3 

--------グリーンギャザリングreport!!
■ ロングレポートby HAL  ■フォトレポート

-------「歩きながら」report!!
4/14-16  4/17-20  4/21-25  4/26-29

 
  --------星野川〜長良川Walk report
星野川から長良川へ、77日間歩いた 3人のWALK
2001/01/04-  1/11-  1/18-  1/25-  
2/1-   2/8-  2/15-  2/22- 
3/01-
  3/10-  3/21 長良川到着

-------- information
■ 長良川WALK「歩きながら」へのお誘い
■ スケジュール  ■ ベースキャンプ   ■ サポートグッズ
 
4月26日(木)〜29日(日) 長島ベースキャンプ
長良川WALK
04/26 (12日目)
  小紅渡し〜南濃大橋

  今日は、昨夜の野営地、小紅渡し近くの河原から、南濃大橋のふもと迄の約16kmを歩かせてもらいました。昨日までぐずついた天気も去り、好天の下、次第に広くなる河川敷に沿って一日歩けたとてもいいウォークだったと思います。長い年月をへて、厚く積もった河原の土砂の上には、幾種類もの草花が育ち、虫たち、鳥たち、獣たちと、人間を含むたくさんの生き物が集い、そのくらしが絡み合って成り立ったている様が確かにあり、川がその流域すべてを抱き込み、流れ、海へと向かう様子をよく見る事ができました。
 しかしながら、僕達人間の出す、生活排水による、川汚れは目にあまるものがあり、途中、染色工場からの汚水と思われる水で川がまっ黒に濁っている場所もありました。以前の長良川を知るナナオさん等の話によると、ここ10年程の間にも、源流近くのスキー場建設、無理のある護岸工事、川と平行して走る高速自動車道の開通、河口堰ダムによる下流水位の増加、それに伴う水のよどみ等、川をとり巻く環境は、かなり大きく変化したそうです。
 それでもなお、豊かな河川敷を歩きながら、人の手によって大幅な治水工事が行われる以前はいったいどの様な世界がそこにあったのだろうと想像してみると、まったく胸がはずむようでした。現在、長良川を通して僕達が見ている現象の構造は、そのまま、ウォーカーそれぞれの住む地域の川にもすっぽりとあてはまり、また世界中の河川において起こっている事がらとも、同じ様なものだと考えられます。数知れない程の恵みを僕達に与えてくれる川、そして水、命そのものに、対し僕達は、乱暴に接するばかりで、感謝の気持ちなどとはほど遠い生活をしている様に思います。命の源である水や川、そして僕達自身とのつきあい方を何度でも問い直したいものだと思いました。
 昼食は、現在では希少種となってしまったコアジサシの産卵、集団繁殖地の近くでとり、そこで夕食の材料となったノビルをつんだりもしました。新聞社の取材の後、ウォーカー達は河川敷の採草地、芝生公園等をゆっくりと歩きすぎ、日暮れ前に無事、南濃大橋のふもとにたどりつく事ができました。夜はいつもの様に、たき火を囲んで楽しいひとときを過ごすことができました。本日のウォーカー13人。皆が、とどこおる事なく自由であれます様に皆の夢見る明日が美しいものであります様に。今日も、ありがとうございました。 (Shingo)



 
長良川WALK
04/27 (13日目)
南濃大橋→河口 20人

 ウォーク最終日。朝から川の淀みが気になる。
 魚影の見えない川に、むなしく浮遊するペットボトル。口にすることのできなくなった汚水の川。こんな水を知多半島の人達が飲まされているなんて!それでも広い草原が続く河原を歩くと、野花が美しい。スミレ、タンポポ、キンポウゲ、ハルノノゲシ、ハルジョオン、レンゲ、シロツメグサ、カラスノエンドウ、、、。なのに春の恵みを頂く生き物が少い。人々が集い語らい、動物たちが草をはむ本来の風景があってもいい。
 木曽川との出合いより菜の花道をゆく。
人為的なものから隔離された背割堤のジャリ道は、野生なる住みか。鳥のさえずり、よみがえる。草花や鳥たちと心を通わすには、ゆっくりがいい。ゆっくり動くと波動が高まり、川の声が聞こえてくる。密林のごとく、うっそうと生い茂る男性的な木曽川。クルミ、椋(むく)、柳などが穏やかに生える女性的な長良川。二本の川の合わさるところ、さらなる浄化の力増す。輪中という知恵によって洪水から守られていたところに、河口堰がらみの、汚職で造られた治水公園。ここは徳川幕府による「宝暦の治水」にて、薩摩義士の犠牲の地。人の歴史は繰り返す。治水により、すべての川が均一化されてしまう。揖斐川との出合い。この川には葦原残る。長良川では葦原消える。河口を彩る絶妙な風景が損われ、生態系が変わってしまった。鮎やサツキマスが川を遡らなくなったという。
 上流から二週間かけて歩いてきたウォークの終わりに目にする異様な建造物、河口堰。巨大な鋲を打たれた聖なる流れ長良川。
 「ごめんなさい・・・」
流木ドームに輪をつくり、暮れゆく夕陽に心安らかに祈る。
 ありがとう 長良川 永遠なれ 長良川
世紀(とき)を越え、すべてにありがとうございました。
 (白山聖花)
 


 
長良川WALK
04/28 (14日目)
 親子3人で、今晩から河口堰でのグリーン・ギャザリングに参加。夜8時過ぎにハルさんが長島の駅に迎えに来てくれる。駅前の地図を見ると、このあたり一帯が、揖斐川、木曽川、長良川という3本の大きな川がつくる巨大な中州だということが分かる。車で走っている分にはそういうふうに感じないけどね。そういえば、輪中っていって、戦国時代の要所だったんだけ、なんてむかーし聞きかじったことを思い出したり。
 大きな橋の向こうに、河口堰が見えてくる。キノコのような、英語のPの字のような変な物体がずらーっと並んでいて、かなり不気味。ニンゲンはなんでこんな不自然なものをつくっちゃったんだろう。欲望がカタチをもってしまったような、美しくない姿。
 堤防脇に車が着く。塀の向こうには、ティピ、パオ、チビテントたち、五色・七色の旗、流木ドーム、そして、暗い中、人がうごめいている。煮炊きしているナベの湯気、火を囲む人、太鼓の音・・・。そのすぐ向こうの河口堰とは大違いの風景が、堤防と長良川の間のわずかな帯状の場所に、あった。いのちを分断する河口堰のすぐ手前に、このいっとき、生き生きとしたおまつりがあらわれた。そして、Big Mountain Walkの以来、年に何回か顔を合わせる、はじめて会って1年半もたっていないのに「なつかしい人たち」が、笑顔で迎えてくれた。夢のような光景。
 奥の方に、流木ドーム。大きなシャボン玉が着陸、地べたに触れた部分は平らになっちゃった、その残った半球。消えていこうとする膜のなごりが、網の目のようにそこにある、そんな風にも見える。現実と夢の間みたい。それか、夢の骨格か。不規則な流木をつなぎあわせているのに、まあるいかたちにおさまっているのも不思議。中に入って見上げれば空が見えるのも不思議。ドームのあっちこっちに吊された風鈴が、ちりちりりん、ときれいな音をさせて、中に集まる人をつつみこんでいる。
 川風が吹いている。ハルさんが「このティピを使っていいよ」と案内してくれ、敷物も貸してくれた。ボブさんたちの歌が続く前夜祭を途中で抜け出して、匠とふたり、寝袋にもぐりこむ。川をわたる国道一号線の橋の車の音と、ドームから聞こえる音楽とが、さっき目にした河口堰のキノコお化けと、このギャザリングの場所と同じぐらいに、違う。そしてふたつの間を、風鈴のやさしい音がつないでいる。車の音にくらべれば小さな音だけれど、その音でとっても救われる。じきに音楽もやみ、風鈴と車の音だけになった真夜中。
 原発、河口堰、ダム、ゴミ処分場・・・今の世の中、どんどん自然をこわして、ヤバイ方向に進んでいる。それを誰が望んでいるのかもよく見えないのに、そんなものがどんどんできていく。その流れを止めたい、なんとかしたい、って思う。何ができるのか、分からない。でもこういう、いのちを感じるギャザリング、それが今はひとときのものであっても、はかないものであっても、それがある時間、みんなでよろこびをもって共有される、っていうことはアキラメから抜け出して踏み出す第一歩になるんじゃないかなー。そんなことを思いながら、寝ました。  (ヨハナ)    





 
長良川WALK
04/29 (15日目)
グリーンギャザリング
むすんでひらいて


フォトレポートはこちら
 グリーンギャザリングの日。ドームでは朝からインディアンソング、カカム・スイスイ・カトチャンの3人が星野川から長良川に向かって歩いたWALKで出会った川の名前を読み上げるセレモニー、水合わせの儀式などが行われた。
 あいにく、昼前から雨が降ってきた。ドームにブルーシートをかぶせる。大きな傘に守られるみんな。そのもとであっちこっちでいろいろやっている人たちの報告などをおりまぜながら、コンサートが進んでいく。ドームの脇には、ビッグマウンテン、ピースウォーク、浜岡ウォーク、日の出、地球村、長良川のしじみの会、こまっちゃんたちのひょうたん楽器などがブースを並べている。そして、敷地のあっちこっちに、おにぎりや、チャイ屋、カレー屋、服屋など。冷たい雨で、敷地じゅうを人が散策する、というよりは、ドームで身を寄せ合い、お店のテントやブーステントの下で雨宿りし、といった感じ。水をつなぐ、だから龍神さんが雨をもってきたんだなあ。雨宿りだと、少ない人と長話できる、これもまたよし。
 ゆうべ暗闇の中で見た流木ドームは、低いトンネルでそのむこうのちいちゃいドームとつながっていることが分かる。子宮から産道で外につながっているように。1歳半の匠はなぜかここがお気に入りで、雨に濡れるのに、お母さんの手をひっぱって、みんなが集まっている大きい部屋からトンネルくぐって小さい部屋へ、という探検を何回でもしたがった。
 雨空の向こうの日が沈み、まっくらになってくると、「こころの灯」から猫カン灯明への分灯が行われる。みんな思い思いの場所に置く。あっという間に、雨の夜のテントサイトのあっちこっちに小さな火がたくさんともる。なんて、きれいなの!地面も空も真っ暗な中に、雨なのに星空があらわれたよう。これをひとりでやったら大変だけど、みんなでやると、あっという間だね。なんて感心する。
 雨は降り止まず、キッチンテントであったかいカレーをごちそうになって、のらやさん一家と、もっちーの名古屋の実家に移動する。名残惜しいような、でもまたどっかですぐ会えるような。またね。(ヨハナ)



 
       
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