| 4月21日(土)〜25日(水)
千鳥橋ベースキャンプ |
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04/21
(7日目)
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くもり 歩く人9名 洲原神社へ
くもり空の下、のんびりした朝を向かえる。 お茶を飲み、昨日の残りメシを食べ、今朝のたきたてゴ飯を食べた頃には10時をすぎていた。
それでも今日は12kmなので、あせることなく、落ち着いた雰囲気の中、サークルをくみ出発。
人の気分も天気で左右されるのか。 昨日の快晴ムードとは違って、静かなムードの中を長良の流れのままに、川の音を聞きながら、草花も眺めながら、それぞれの想いの中を、かたまるわけでもなく離れるわけでもなく歩くこと1時間余り。
カンパ制の鉱泉があったので入る。 人数も9人なので、誰が何を決めるというわけでもなく、なんとなく、なんとなく気楽なまま湯ブネでトロンと、、、。
近くの休憩所で、おやつをまわしながら、ポツポツという雨の音にせきたてられるように、のんびり出発。 そして、3時頃、今日の目的地 洲原神社に到着。
歩いている者としては、雨が降らなかった事に感謝します。洲原神社は立派な杉の木のある、河原に面したおちつきのある、素敵な神社です。 僕たち9人だけしか、これを味わっていないなんてもったいなさすぎる。是非、皆機会があれば訪れてください。
それにしても長良川は中流域を歩いていても、流れのゆるやかな大きな渓流のたたずまいが続いていて、この川自体が持つ、ちけいのうつくしさにおどろかされる。流れのはげしい所なんてまるで清流のようだ。
それと支流から流れる水のうつくしさがこの川の雰囲気をかろうじて保っているのだろうな。 本当にそれだけだ。山は杉だらけ。 フとみる民家の洗濯場には合成洗剤。対岸は車がビュンビュン。そして淀みにはアブクが、、、。
あまりにもあたり前すぎて、目に止めるのも面どうくさいし、気にするのもアホらしく思うけど、フと想ってしまう。 10年前は、100年前は、1000年前は、1万年前はどんなだっただろう。そして、10年後は、100年後は、、、、。
ただ一つ言えるなら、今の人間がいなければ、川の水は、ありのまま、山もありのまま、海もありのまま。 自然が自然のままにつくった自然画が自然のままにあるのだろうなと。
(水津)
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04/22
(8日目)
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晴 歩く人16名 関へ
今日はアースデイ。日本の何かが変わったような気がする一日のはじまり。やっぱ、山口から参加したかいあり。今日も晴天に恵まれる。 ただ一つ気がかりは、上関原発建設問題だ。
なにしろ今月の25日までに国側が知事に対し最終意見をもとめている。いまのところ五分五分って感じ! 日本中が注目を集める。そんな事考えながら長良川をながめる。
最高の一日だ。 結局、すべての人間の創り出した問題は、すべての原因である人間がつながりあうことによって、すべて解決するような気がする。
(中村)
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04/23
(9日目)
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晴 11人 朝16℃ 日中23℃
朝5時、炊火のハゼる音。話し声。朝から ボブはよく喋りうたう。 ゴツゴツとした河原に降りてゆっくり歩く人もいる。 今日は千鳥橋BCまで。前のBCから4日間の予定で歩き始めた最後の日。
持った食糧もほぼ終わり、荷も軽く、歩みをすすめてゆく。 今回は伴走車を使わない。 前々回までの、朝方の荷の積み降ろし、排気音、ワサワサとした騒がしさはない。
その頃の心の重荷に比べれば、分担して運ぶ装備の軽いこと。 朝、ゆっくり静かに出掛けられるのは何よりだ。
昨晩は北九州のジョーさんたちに差し入れしてもらい、ご馳走になったのだけど 朝、そのパックやビニールの袋を片付けながら気附いた。 ふだん、僕らはあるきながらこうした処分に困るものをほとんど出していない。
それは、持ち歩けるのは最小限の食材。 買いにゆきたくても河原沿いに便利なお店はない。 すると山菜を積み歩くようになる。 従って、ゴミの出る缶詰めやインスタント食品は少なくなるのだ。
さらに、発つ鳥跡を濁さずじゃないけれど、流木を燃やした炊き火跡も3点セットでお清めしている。1つは、消し炭。次のキャンプ地まで運ぶ。かさばるけれど軽いものだし、火をつなげるという思いもある。
2つ目は、灰を川へ流す。今回の粘土団子に灰を混ぜ込んだように、灰にも河川浄化の力がある。3つめは、源流の叺(かます)谷で拾った団栗を、炊き火跡に1粒ずつ蒔いておわる。
もし芽吹けば、掬いきれなかった灰を肥しとして、僕らが費った流木の量より、大きな樹に育ち、また多くの生命を養うだろう。 そんな祈りをこめて1粒ずつ埋めていく。
削られる山々、埋められる海。河口堰を始めとして、海山をつなぐ川はダムで寸断されている。 この現状を目の当たりにして、僕らに何が出来るのか。
夢を具体的に膨らめながら歩いてゆきたい。僕らに出来ることは、大きな組織や金がなければ出来ないということではないはずである。 実はそれは、身近な何でもないことなのかもしれない。
自然の流れに調和した生活のありようを1日1日実行してゆく。 現在僕らが歩いている様なことは、いつでもどこでも、誰でもできる。 そんな僕らの歩みが、これからの流れのひとつとして、たくさんのひとの注意をダムや堰にあつめていったならさほど、川がその本来の姿をとり戻す.日は遠くないかもしれない。
3時。千鳥橋BCに無事到着。 (ミツル)
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04/24
(10日目)
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くもりのち雨 レストデイ
第十回長良川ウォークが初まって10日目になる。今年のやり方の特徴のひとつにベースキャンプ方式がある。上流から河口に向って3〜5日ずつベースキャンプが移動してゆく。その間にウォーカー達が立ち寄り、暖をとり、疲れをとり、そしてまた次の歩きへと旅立ってゆく為の拠点、いわば家のようなものである。
より多くの人に川を歩き、そして川を身近に感じて欲しいと思い、その為には、それ以外の雑事に追われることを可能な限り、はぶいてゆこうと考えた、このやり方。 多人数になれば所帯道具も増えるもの。毎日道具をひっぱり出しては翌朝かたずける事の大変さから解放され、背負えるものだけを持って歩く事の身軽さを感じてもらえたと思う。(あらかじめ毎日の宿泊地をきめなかったのも、たどり着く事を目的としたくなかったから。)
今回の歩きにおいて、全てのベースキャンプの番をしてゆく事に専念した私にとって、ここ千鳥橋ベースキャンプで3カ所目になり、家づくりもずい分手なれたものになってきた。毎回顔ぶれを変えながら、私以外に3人の人が番人になってくれている。
動き続けるウォーカーに対して、ベースキャンプを守る番人達はいわば一カ所にとどまって定点観測を続けるわけで、一日の川の変化、風や光の変化を味わうとともに、様々な人達との出会いも味わう。ここ千鳥橋は、車を乗り入れる事の出来る、数少ない河原のひとつで、川遊び、つり、バーベキューなどの行楽に訪れる人々に交じって、それぞれのあり方で長良川と関わる人達もあられる。
毎朝4羽の鵜を連れてきて川に放つ人が居た。
まるで自分の子供のように手塩にかけて育てた鵜を使って、観光や商売でなく、養護施設の人達に鵜飼いを見せているという。この男性と鵜達の間には、遠くから見ても、言葉や種を超えた心のキャッチボールが見てとれた。
最近、河口付近(河口堰近辺)に魚が少なくなった為、野生の鵜が上流にまで上ってくるようになり、川魚を護る為、漁協などが鵜の退治に懸命になっている事を、「鵜には漁業補償は与えられとらんのに、、、。野生のいきものはただ正直なだけだ。」となげく。もうひとつ教わった事がある。横浜に、川の汚染状況を鵜の卵を回収する事によって、調査している施設があるらしい。(川鵜は川の食物連鎖の頂点にあるので。)
その施設の調査によるとダイオキシン等の化学物質の数値において、長良川はまだきれいな川らしい。
岐阜市の主催で子供達を集めて“川げらウォッチング”がおこなわれた日もあった。数十人の子供達を引率するのはJCの会員であった。そのうちの1人と話をしたのだが、川げらが生きる川は清らかな川らしい。子供達が次々に、「また見つけたー!」と歓声を上げていた。
その他にも、NPO長良川環境レジャー協会という、自然の川の保全を目的として、ごみ拾い、各調査、環境教育等を行っているグループに会ったり、千鳥橋付近の集落の区長さんは、行楽に訪れる人達が置いてゆくゴミの多さと行政の対応の悪さ、県条例で焚き火(ゴミ焼き)が禁止された為、始末出来なくなったゴミの山をなげいていた。
出会った人達の話を総括してみると、自然界に対して自分のエゴを押しつける人の数は多く、より悪質になっているケースもあるものの(大型家電品の放棄等)、川や自然に目を向ける人達、地域の自然環境とうまくつきあって生きていこうとする人達の数も増えているのは喜ばしいところ。
今日”地域の人の話を聞こう”で話をしてくれた、竹文化振興会の松本さん達の活動も、竹文化を守りつつも、長良川河畔の竹林を整備し、竹の浄化能力でもって長良川を美しくしよう、といった活動を続けているそうだ。出来る事なら地域の人に息の長い活動を続けて欲しいとおもう。なぜなら、川げらが生きているから清らかだという川は、数年前はもっときれいだったから。
正味12年間の川歩きを通して見えてくるものは、川の流域の変化にともなう川の汚れそのものだからだ。一番大きな原因は、やはり河口堰であることは間違いないだろう。それは鵜を連れた男性の言葉、「野生の生き物は正直だ」にあるように。川漁師が近年は養殖アユ、アマゴが目立つと言う。
2年前、台風18号が岐阜をおそいあばれにあばれた。山はくずれ、国道をはぎとり、木々や家屋を押し流した。
長良川源流付近では、スキー場建設の為の大規模な工事が終盤にさしかかる頃だった。押し流される土砂は魚の散卵場所をうめていったという。今だに災害復旧工事の名の元に土嚢をつみ上げ、川の中を重機が右往左往して水は茶色ににごっている。
長良川の魚に関して、草分け的な人が居る。それは、”地域の人の話を聞こう”のもうひとりのゲスト、後藤宮子さんだ。大正生まれという宮子さん、見た目にも話し方にも年齢を全く感じさせない素敵な女性。彼女はご主人の存命中、2人で朝晩長良川に入り、登り落ち漁という漁法により魚をつかまえ、種類、数を調べ、一部標本にするという事を30年間続けてきた人で、まさに魚の目でもって長良川を見てきた人だ。ホルマリンのビンからとり出した魚をジッパー付きビニールに入れて、持ってきてくれたので、私達には長良川に住む魚達を手にとって見る事が出来た。現在、長良川には47種の魚が居るという。
70年代、川に水銀が流れ込んでいた時代も魚を追い続けてきた彼女は、物言えぬ魚の声を代弁し、多様な魚達が居なくなっていく川辺にはやがて、人間も住めなくなっていく事を述べて、話を結んでくれました。まさに、継続することの大切さを学んだ日でした。
(白井桂子)
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04/25
(11日目)
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雨のち曇 千鳥橋〜小紅渡し
前日からの雨が昼まで続き、出発は12 時半(12 人)。久し振りにかつぐリュックがここち良く重い。木の芽流しに洗われた山々が美しい。カモが二羽仲良く眠る川べりで休ケイ。あきらめかけていた小紅の渡しの最終便にまにあう。舟頭さんの櫓(ろ)さばきは みごと。舟の上で記念写真。舟着き場の所に捨ててあったゴボウ、ニンジンがケンチン汁に変身す。大きなナベいっぱい作られた汁があまりの美味しさに見るまにたいらげられた。(16
人)8 時頃よりボブ・マーボ・ダイジによるコンサートが始まる。流木の炎、岩木、桧のゼイタクなにおい、川風に吹かれて三日月をながめる。12
時頃、ブルーシートを平らに張ったテントの下で川原の小石を寝床に眠る。(玄)
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