03/10
(66日目)
レストデー
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朝起きて、焚火を楽しんだ。今日は土曜日で釣り人も多い。爆竹で鳥を追い払う。吉田さんにマックにつれて行ってもらい、皆でご馳走になった。今日は、このままレストデーにしたので、そのまま落ち着いて、焚火をして鶏ガラのバーベキューをご馳走になり、皆で色んな話を聞いた。ここの人達は皆、話題が豊富で、とても面白い。人生訓を色々学んだ。今日も、夜遅くまで焚火を囲んで話をした。
人の人生は、小説よりも、おもしろい。 (カカム)
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03/11
(67日目)
レストデー
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今日も風は冷たい。昨日、明日は早く起きて歩こうと、確かめあったので、そうなるであろうと思ったんだが…。正直言って、体も心も疲れている。3人で、どうしようか話はじめると、何が何やら判らなくなる。2人の考えをふまえた上で、自分の考えを出してる内に、どれが自分の考えだか分らなくなくなってきてしまう。僕は、ただ気持良く歩きたいだけだ。昼は牛モツ、そして宴会、皆、酒がまわり過激(僕達は飲んでないが)そして、ケンカを止めに入り、怒つかれた。訳がわからない。結局、訳がわからない1日だ。
3人で、同じように、それぞれ気持良く歩けますように。 (水津)
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03/12
(68日目)
京滋バイパス
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穏やかな春の日差しが僕らを照らし、宇治川橋下にて、浮浪人の人達と火を囲む。真夜中、百北さんと、コンビニに、通称「ばっかん」と呼ばれている、ざんぱんあさりに行った。毎日毎晩、雨の日も風の日も、ひたすら取りに行くのは、何か「行」ようにも思えるし、働けばいいのにとも思う。火のまわりには、3人火をあたり、何か話して、賑わう。川のほとりには、釣り人が、朝早くから集い、名残惜しい橋の下を後にした。
川辺を上がり、宇治橋に、これは日本で最初に作られた橋だそうだ。そこから、何やら落ち着いた観光地。宇治の玉露を一杯もらう。茎の部分だそうだが、とても甘い。石畳の道に、ひしめき合う様に茶店が並ぶ。寄り道したいなぁ、と心が踊る。その小道を抜けると、平等院が。木の陰から少し離れて眺める景色は、何ともオツなものだ。昔は、その前にも川が流れ、浮島を挟んで、三つの川、三途の川のイメージか。この地は、平安時代、末法思想が貴族の中で起こり、藤原道長が極楽浄土を夢見て建てたそうだ。宇治川を、
さらに上流に行くと、天ヶ瀬ダムに、ダムは水を放流し、激しいごう音をたたきあげていた。その中には「虹」が、やはり、「水」というものは、全てをつなぐものだと思った。ダムで休憩をとっていると「オーイ」とさっそうと、ドロップで、僕らに横づけして来たのは、京滋バイパスの主、新田さん。全く、このおじさんは、何者なんだ、浮浪者とは思えない。そのまま、僕らと同行し、ダムの横にて、火を焚く。新田さんの声は、僕らをホッとさせるものがある。どんな時も明るく、とにかく話す。ちょっと、話すぎとも思うが、声から響く音だまは、人を心地良くさせるものがあり、本当に不思議だ。昔、よっぽど腕のある大工で、大きな悲しみがそうさせたのか、人間は、本当におもしろい。 (かとう)
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03/13
(69日目)
瀬田〜琵琶湖
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昨晩は、遅くまで焚火を囲んで話をして、小さなテントに新田さんを入れて、4人で寝た。以外に入れるものだけど、明方は寒く、水津ちゃん以外、寝坊をした。新田さんは、オレ達と会ってから、良く寝れると話してくれ、嬉しかった。朝食の後、新田さんと別れた。重みのある言葉で、色々と語ってくれ勉強になった。ぜひ、また会いたい。
それからオレ達は、黙々と宇治川沿いを歩いた。滋賀県に入り、瀬田川と名を変え、川幅も太くなった。金曜からずっと、放流中で、水位は、すでに2,3m低くなっている。瀬田洗堰を通って、どんどん景色は街に近づいた。石山寺で休んで、等々、琵琶湖に着いた。大阪の淀川を出てから、何日かかっただろう。湖沿いの公園にテントを張り、そこでカレーを作って食べた。最近、元気のない水津ちゃんが少し気になる。琵琶湖で焚き火をしながら、湖を見ていた。
(カカム)
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03/14
(70日目)
大津〜栗東
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久しぶりに、日の出を見た。寒波も過ぎて、ようやく穏やかな日差し。琵琶湖の水は思っているよりきれいだ。1号線に向かって歩く。草津のあたりで、東海道と出会った。店や家が両脇に並び、道幅も広く車も少なく、1号線とは比べるまでもなく、歩きやすい道だ。急に温かくなったので、体はだるい。後、もう少しで長良川というのが唯一の励みだ。
3人で旅をして、いったい何を学ぶ事ができているんだろう。少しでも前に進んでいるんだろうか。優しさ、いたわり合い、気づかいは大切だけど、それを過ぎると、ぬるま湯、甘え合いで何も生まれない様な気がする。かと言って、厳しさ、激しさだけだと、まるで砂漠の様だ。もう1度、自分に立ち返って、自分自身の折り目を確かめたい。そして、3人でしか出来ない事を、もう1度、確かめあえたらと思う。 (水津)
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03/15
(71日目)
栗東〜木山川 |
静まった日向山のすそのの、たもとの竹林の中で一夜をすごし、僕らの心もこの竹林のように穏やかであった。朝起きると、少々雲がかかり、暗く感じたが、おいしくホットケーキを頂いた。旅も終わりが近づいてきたなという感じなのか、皆の中での前までの、力みはなくなり何気なく毎日が始まる。雨が降り出し、テントの中での雨宿りも音を楽しみ、暇つぶしにウトウトする。何て気持ちがいいのだろう。
お昼になると雨もあがり、僕ら三人は、また長良川へと出発した。旧東海道の街道沿いは、今も昔のなごりのあるところだ。小さな小学生が何人も何人も僕らを通り過ぎて行くのは何だか気になる。石部宿は今は少しのなごりしかなく、しかし周りは良い感じ。昼から出発したがまったく気がしまらない。ご飯をまともに食べていないのが原因かとも思った。ついつい何も無いので買い食いで、満たされるものの菓子類に手が行き着く。昨日は焚火もしてないし、火からも栄養をもらってない。
木山川のほとりによい場所をみつけさっそく火をたき暖をとる。カカムが買い出しに行ってくれて、スパゲッティーを買ってきてくれておいしい夕食にありつけた。最近は本当においしい物を頂き心満たされ相変わらずまとまりのない三人でも腹のヘル具合は同じでおいしいという感覚をもつ。何かを一緒に感じ、また一歩一歩長良に近づく物語も終わりが近くなってきた。。 (かとう)
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03/16
(72日目)
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河原の夜は寒く、朝は霜が降りていた。今日は天気が良く、暑い日になりそうだ。最近は気温が変わりやすい。川沿いの道を歩き旧東海道に出て気持ちよい道を歩く。天気も良いので歩きやすい。昔から、多勢の人が歩いた道を現在オレ達三人がまた歩いている。途中の八幡神社でゆっくり和食のランチを楽しみ東海道水口から土山に入り、去年のピースウォークの時に歩いた道を又歩いた。鈴鹿山脈の手前の河原にいい場所を見つけ、そこでキャンプをはる事にした。今夜も良い場所が見つかってよかった。しかしそろそろ風呂に入りたいな。った。オレと加藤ちゃんは2人で食事をした。川原と焚き火は、落ち着く。
(カカム)
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03/17
(73日目)
土山
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風が強い、今にも雨が降りそうな朝。雨が降るとイヤだなと思いながらも出発。土山宿の街道を歩く。ひっそりと古い街道が続く。道の駅で休んでいると雨が降って来た。何となく、どうするあてもなく二時間位の道の駅でゆっくりする。昼飯を食べてこのまま居ても仕方ないので、チョット雨が止んだスキを見て出発。
坂上田村麻呂の神社、坂田神社に寄った頃には、また小雨がパラパラ。確かに最近はガンガン歩いていない。かといってとまるあてもなく雨の中歩くのは、つらい。けど仕方ないので峠を目指す。1号線。車はビュンビュン水しぶきをあげて通り過ぎていく。景色を眺める余裕なんて全くない。2時間位歩いた所に熊野神社があったのでそこで雨宿り。体は冷える。かといってこれ以上前に進むのはむなしい。
止まるか進むか2時間位こごえていてもたってもいられず、5分位歩いた林道の橋の下で火を起こした。そして神社の公民館の軒下で寝た。長良川まであと少し。あと少しだけど、あと少しだ。今は今にまかれすぎて、想いが想いにならず言葉が言葉にならず、訳がわからないままの言葉が、そのまま宙に浮いてしまって…。一体何だろう
。 (水津)
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03/18
(74日目)
土山
〜亀山
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坂は照る照る鈴鹿は曇る
あいの土山雨が降る
鈴鹿馬子唄にも唄われている様に、今朝も霧雨が昨日に続き降っていた。自我に没して昨日は鈴鹿峠を越えられなかった。このまま長良川にたどり着く不安からのものもあるだろう。
今日は天気も回復しそうなので、僕らも、今、もう一度初心に帰りたい。少々小寒い中出発した。鈴鹿峠はなかなかの景色で、昔、歩くのが当たり前の時代には、少々もの寂しいところだった感じで、実際旅人を悩ます山賊が出てそれを坂上田村麻呂が討伐をしたという伝説が残っているぐらいの所で、この峠をまつわっての様々な人々の想いが逢ったのだろうなと思った。僕らは鈴鹿の静かな森に包まれて峠を下った。しかし良いも悪いもなかったら、鬼は鬼でなくなり、何か大切なものだろうと思った。
山を下りると小さな十一面観音を祭る愛岩神社があり“一見観音即滅衆罪”と岩に彫られ、そこのお水は一度飲むことで様々な罪を洗い流してくれるありがたいお水で、とてもおいしかった。御神体であるお岩は岩というよりは“ほこら”という感じでとても愛着のわきそうな所だった。そこで、毎月3日と18日に京都から来られてその神社を祭人々に祈りやおはらいをしに来られている人が丁度みえた。とてもすっきりされたお年寄りで、話すこともスパーッと僕を見抜いて「ただ歩いてるだけじゃいかんぞ」とおっしゃり、まったく本当だなとその言葉を有り難くいただいた。春も近づいて来て、ある厳しさを越え、やっと外でも落ち着けるが、頭の中の桜が咲くのをみつつも本来の目的を見失わないよう、そして気持ちよく歩ける様、明日からしたい。
関にたどり着き、ここは、江戸時代の宿場町そのものを再現し、少し、いい気分になった。 夜、ピースウォークの時にもお世話になった「月の庭」の岡田夫妻の所にお世話になった。前々から、噂では聞いていたので、どんな店か楽しみにして行くと、とても雰囲気の良いお店で、昌さんも窓口の広い方で、とても有難かった。もう、残す所、あとわずかになってきた。美の中を、もう一度3人で歩けます様に。
そして、本当の愛を感じられます様に。 (かとう)
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03/19
(75日目)
亀山
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亀山、月の庭でお世話になり、昨晩は、昌さんと、色々な話が出来て、とても良かった。今朝は、起きたのが遅かった。朝からすごい朝食を頂き、オレ達3人と、遊びに来てた高校卒業したてのアキラ君と一緒に、昼頃亀山を出発した。途中から、旧東海道を探しながら歩いた。この辺りの街道は、すでに新しい家が多かったけど、道だけは何とか残っていた。途中、ハルさんと、充くんに帰る日を連絡し、それに向けて歩いた。夕暮れ時に四日市の近くの、ちょっとした森に、キャンプ地を見つけ、そこでキャンプをした。今晩はお好み焼とパンでおいしかった。後一晩で長良川と思うと嬉しい。 (カカム)
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03/20
(76日目)
鈴鹿〜四日市
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春眠暁を覚えず。けだるい眠い朝。1日歩くのは、今日が最後。このウォーク旅の成果を表す時。
朝食、おじや。しかし、炊きすぎて、やわやわオコゲご飯になってしまった。
ぼちぼち歩いて、今日1つ目の川、内部川に出会った時、川を書き写してきた手帳を落としている事に気がついた。途中休んだ枝突き坂まで確認しに行ったが、見つからず、きっと、出発地点で落としたのだろう。記憶に頼るしかない。
春、満開。梅の花がきれいだ。どーも、しまりがなくポワーンとしてしまう。荷物だけが相変わらず重たい。四日市の東海道と伊勢街道の別れ道、日永の追分で休んでいると、近所のおばさんが、安藤広重の絵を見せてくれた。今日は春らしく、出会う人皆元気だ。四日市駅前の荻窪ラーメンで昼食。ライスかわり自由で、再出発。本当に春だ。あの、ピリピリした冬ではない。
そして、今日の宿泊地、朝明川のほとりにテントを張る。明日で終わりかと思うと、気楽だ。のんびり、焚火をして10時頃、夕食を食べた。
皆、それぞれ思いもあるだろう。 珍しく、ゆっくり、ゆっくりと焚き火にあたりながら、皆で語り合った。 (水津)
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