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  長良川Walk nagaragawa walk

1990年長良川の河口堰建設をきっかけに始まったWALK、今年10年目を迎えます。河口堰は残念ながら95年から稼働していますが、いつの日か開くことを祈りながら、毎年歩くコースや季節を変えて、歩き続けています。

--------長良川WALK「歩きながら」を終えて
■ ボブさんのメッセージ  ■感想文 1 2  3 

--------グリーンギャザリングreport!!
■ ロングレポートby HAL  ■フォトレポート

-------「歩きながら」report!!
4/14-16  4/17-20  4/21-25  4/26-29

 
  --------星野川〜長良川Walk report
星野川から長良川へ、77日間歩いた 3人のWALK
2001/01/04-  1/11-  1/18-  1/25-  
2/1-   2/8-  2/15-  2/22- 
3/01-
  3/10-  3/21 長良川到着

-------- information
■ 長良川WALK「歩きながら」へのお誘い
■ スケジュール  ■ ベースキャンプ   ■ サポートグッズ
   

2001年1月4日、Peace Walker3人だけで始まったもう1つのWALK
星野村ー長良川WALK Report


星野村ー長良川WALK
02/15 (43日目)
笠岡→
 今日は、今までお世話になった俊ちゃんとべっちゃんが、一緒に歩いてくれる事になった。今日の天気は素晴らしく、晴れ。俊ちゃん家から、小田川沿いの河原を歩き、タケノコ橋で、べっちゃんと合流して、気持ち良い旧山陽道を通り、吉備路を歩いた。
 俊ちゃんは、いきなりの30キロウォークで、かなり、疲れていたが、オレ達は、初の5人ウォークでとても気持ち良く歩けた。こんな気持ち良く歩けたのは、久しぶりの気がする。やはり、俊ちゃん、べっちゃんの発するバイブレーションなのか、太古の香りのする、この土地のせいなのか、夕方には玄さん家に着き、地元岡山の元気のいい人達に囲まれて、とても楽しい時間が過ごせた。去年のウォークでも一緒だった、達也と文ちゃん達も来てくれ、夕飯や食後の一人づつからの歌がとても疲れをいやしてくれた。ここ岡山で、また新たな時間に酔いながら、おやすみなさい。  (カカム)

 
 
星野村ー長良川WALK
02/16 (44日目)
 今日は「流木ドームの玄さん」と一緒に歩いた。玄さんは「人さえも1つの川だ」と言っていた。玄さんは「旅は過ごした時間に比例する」と話し、特製のっ鉄火味噌のおにぎりを作ってくれた。田のあぜ道を寄り吉備路を通って高松城へ、秀吉が水攻めにした所。鬼ノ城は玄さんの家の正面の山にあり、玄さんの家のそばに泉があって、短歌があり「君が代は長良の川の水すみて底になる石も玉とこそ見れ」とあり、ナガラの名にさすがに、深い縁を玄さんと長良川に見ずにいられず、僕らも一昨日、俊ちゃん家で独自のチラシを作ったばかりで、いよいよ長良川ウォークの火がくすぶり出している感じであるのにみんな喜び、美味しく頂いた。
 お昼は吉備津神社に寄りお昼にした。何か、お父さんと、ピクニックという温かい感じで、玄さんが僕らを照らし歩いてくれる感じだった。昼に、雨が雪になる天気で多少寒かったが、徐々にまた晴れ始め、奉還通りという、大政奉還の手切れ金により出来た通りを歩いて、広島ピースウォークの時にも大活躍をしていたという進くんのお店「the market」へ行くと温かいカフェラテを頂いた。とてもすっきりしたお店で、長く居たい所です。そして、今日は達也、文の家にお世話になる事になり、まったく有難いです。  (かとう)

 
 
星野村ー長良川WALK
02/17 (45日目)
岡山
 昨晩は、達也、文ちゃん、玄さん、平野のおばちゃん、倉敷中シュラ、アイちゃん達と賑やかな夕食。そのうち宴会になって、朝4時頃まで賑やかだった様だ。当然、僕達はお酒は飲まなかったけど。宴会の時、「明日の予定は?」と聞かれたんだけど、それが見事にバラバラ、「あーでもない、こーでもない」と、皆を巻込んでしまった。せっかく、多くの仲間が集まっているので、有意義なコミュニケーションがとりたかったけど、僕達の迷いや混乱が、そういう場を巻き込んでしまうのは問題だ。
 「水をつなぐ」とはどういう事なんだろう。少なくとも僕達自身が繋がらないと。今日になってもまだ、方向はバラバラだ。僕は心身供に疲れ気味だったので、達也の家で一日ゆっくり、休ませてもらう。晩御飯は、平野のおばちゃんが仕事で使っている岡山のマンションで美味しい酢豚を作ってくれた。デザートは玄さんが焼いたココアケーキ。
 今日は早く寝ようと、達也の家でゴロゴロしていると、電話で西大寺観音院の会陽祭りの事を知る。日本3大裸祭りの1つで、夜寒いのに、ザァーとワァーと、何千人という、ふんどし1つの男達が水浴びて湯気立て、押し合い圧し合いしながら、数本の神木を取り合うお祭りだった。本当に色んな祭りがあるんだなぁ。びっくりした。  (水津)

 
 
星野村ー長良川WALK
02/18 (46日目)
レストディ
 昨晩、裸祭りで夜中に帰ってきた割に、今朝は早く起き、達也達が誘ってくれた座禅を組みに層源寺という禅寺に出掛けた。寺は朝日と、お務めをしている外国人の坊さん達と、立派な建物とで、とても気持ち良かったお堂に入ると、早速座禅を組んでる人達が居て、オレ達もそれに加わり座禅を楽しんだ。間に体操を取り入れた座禅は、寝不足の心身をとてもクリアにしてくれた。
 平野さんに途中で待ち合わせ、オレ達は、地球村代表の高木さんの講演を聞きに吉井町に向った。吉井町公民館に着くと、誰も居なくて不安になって、待ち合わせるはずの大下さん達に電話をしたけどつながらず、まさかと思ったが、もう1つのヨシイ町に連絡をとってみると、不安が当たり、ここから約100k離れた広島県境にある芳井町で行われるという事だった。あわてて高速を飛ばし、芳井町公民館に向った。車内は辛かったけど、そこに着くと田布施でお世話になった大下さんら、山口地球村のメンバーが揃って久々の再開を楽しむ間もなく、高木さんの講演が始まった。
 オレは以前から、高木さんに興味があったので楽しみだった。話の内容は、最近良く耳にする環境問題が中心だったけど、高木さんの本気な態度や、本当にこのままでは地球という生命が危ないという、せっぱつまった感情、いかに自分達が事実から目を反らせてきたかと悟られる話し方、そして自分が変わらなければ、世界は変わらない、というメッセージがバチッっとオレの心を捕らえて、今、自分がここに存在しているという事を、興奮しながら考えた。
 今、日本や世界が抱えてる問題は、今、オレ自身が抱えてる問題の投影だし、明日から3人別々に歩く事になったオレ達のピースウォークにも、オレの周囲全てにも、オレ自身の問題を与えてしまっている。自分の愚かさがとても悲しい。どこで何をしようと、この世界を創っている自分が存在している限り、世界中に問題が沢山有る。それらは全て、オレのワガママや愚かさ、小さな心から出た欲望、ずる賢さ、無関心さ、がめつさ、そしていつまでも泣いている自分自身の心そのままだ。
 今オレは、ピースウォークという大義名分を頂いて歩いているけど、いつまでも、愛とか平和とかを心に抱けずに生き恥をさらけ出しながら歩いて居る自分がチャンチャラおかしくて、情けない。今まで、沢山の親切で、やさしく力強く生きている人々に触れ合ってきてるのに、何でオレはこうなんだろう。オレ自身の事が、オレの予想を遥かに超えた多くの人や物に影響を与えてしまっている。少し1人になりたい。   (カカム)

 
 
星野村ー長良川WALK
02/19 (47日目)
岡山

 また新しい感じの始まりだ。2時頃重たい荷物をしょってカカムは南に歩いていった。3時頃スタスタとカトちゃんは東に歩いていった。そして僕は、明朝歩こう。
 出来る事なら3人で歩きたかった。ただ、ここ最近余りにも3人の距離が近くなりすぎて、お互い身動きがとりにくかった。自然な流れなのかもしれない。それぞれが自分自身に立ち戻ったときに見えてくるもの。身軽さなのか、孤独さなのか。3人だから出来た事、1人だから出来る事。祈るという事。つなぐという事。一つ一つ河を渡り、灯と長良川に向かおうとしている限り、例え距離と空間は離れて歩いていてもお互いつながっていると信じている。13日間のそれぞれのウォーク。3月3日3時3分またこの3人が神戸の震災の火で喜びの中で会える事を願っています。


(水津)



  今日からそれぞれの想いを持ってそれぞれが”水をつなぐ”。平成13年3月3日、3時3分に会おう!!そして、それぞれの”祈り”を持ち寄り、神戸の震災でできた火の塔に集まり、黙とうする事になった。
  昼過ぎに達也とあやと、平野のおばちゃんと、水津は残して出発した。カカムは一足先にみんなで見送った。一番別れることを残念がっていたようだ。僕は、この一ヶ月間さまざまなことがあり、少々自分の中で整理をつけたくなっていた。全ては愛に包まれ、会う人会う人本当に素敵で、このままずるずる三すくみのような三位一体は少々おかしい気がする。これからそれぞれが”地球の中の一人”という大切な事を実感しながら、自分というものの素晴らしさや、時の尊さや、愛というもののありがたみを感じ、自分がどのようにすると物事がうまくいきスムーズに流れるかということを、おのおのが出会う”川”と対話しながら歩くのであろう。
  昨日は、護国神社におまいりに行き、帰ってきて入り口の門のところにある”とらどら堂・サントゥール”の竹本さんに呼び止められ、少し寄っていくつもりが長くなり、8:30までいた。竹本さんは”西大寺の禅祭り”にも出ていて、当日誰でも出場可能と聞いて少々残念だった。竹本さんは流木ドームの玄さんとも友達だそうで、達也のことも一、二度ライブを聞いたそうだ。とても素敵でかわいらしい店だ。


(かとう)

 

 
星野村ー長良川WALK
02/20 (48日目)
吉井川の河原
 一人の気楽さをかみしめながら起きる。そしていつものようにカイロにベンジンをつめたんだけど、3人でやるのと勝手がちがって妙に落ち着かない。それでもなんとか火を採取してベンジンをつめて、火を入れた。触媒に火がついてるのも確認した。
 それなのに1時間後、気づいたらカイロは冷たくなっていた。とっさに東の方、西大寺に昨日向かったカトちゃんを追いかけなければと思い、そそくさとアヤちゃんに見送られて西大寺に向かう。達也、アヤちゃん、いろいろややこしく巻き込んでごめんなさい。そして気持ちよく過ごさせてくれて有難う。
 西大寺に向かったはいいけど、この広い日本列島、出会うアテもない。けど神戸までには会えるだろうと、そして、せめてカトちゃんとカカムは火をキープしつづけているだろうと信じて歩いていると、つと車が止まって、岡山市内で喫茶店をしているドラさんという女性が声をかけてくれた。そしてドラさんが言うには、昨日カトちゃんと出会って、そして、今、西大寺で焼き物をやっている野村にいるよ、と教えてくれた。
 “そこにいてくれ”と思いながら必死に歩いた。そして、そして、西大寺の野村でカトちゃんに出会い火を入れてもらった。3人で火を運んでいる意味が良くわかった。出来る事なら2人でも一緒に歩こうと思ったんだけど、今となっては、神戸までは無理そうだと思ったので、カトちゃんと途中で別れた。火があることの大切さ、そして重たさが身にしみた。明日から気をつけないと。野村さん、突然押しかけて昼メシまでごちそうになって有難う。カトちゃん火を分けてもらって有難う。とにかく神戸まで Keep Fire!


(水津)


 西大寺は禅祭り後、まだ縁日が続いていた。今日も朝から太陽がさんさんと輝いていた。今月初めて火の儀式を一人ですると、この頃なかった、ピリッとした緊張感に包まれた。やはりこの火の重みは本当にずっしりとしたものがある。一人になると、今までみんなのエネルギーの集まりがたった三人だけど、すごいんだなーと思った。しかしとても静かなもので、とても気持ちよく、自分の中での火を感じ水をつなぐことをあらためて出来ている感じである。昨日会った、とらどら堂の竹本さんの紹介で、この近くの野村さんという陶芸をされていて、奥さんが西大寺近くの古い江戸後期の家をなるべくその素材を活かしのんびりとした居心地のいい空間を造りつつ玄米など体に良いご飯を出しているお店「野村帽子店」先代は帽子屋さんだったそうだ。このまわり、備前、岡山、西大寺あたりは、他にもおもしろい店があるようで、これからが楽しみなところだ。
  野村さんと話をしていると、ひょこっと水津ちゃんが来た。カイロの調子が悪いみたいだ。朝びっくりあためいて、僕を追っかけてきたようだった。それがとんとんと昼には出会ってしまうところをみると「火」は僕らを結ぼうとしているのかな、とも思った。野村さんのところを出発して、また水津ちゃんと別れ歩き出す。今度は乙倉さんの所に向かった。乙倉さんはピースウォークの時にもお世話になり僕は立ち寄っていないので、どんな人か楽しみだった。和太鼓をされているそうで、僕はとても興味を覚えた。和太鼓は、大地の響きのようでもあり、それをみなでたたくと昇天するかのごとく、僕の体を軽く、乗せていってくれた。その力というものは、僕らの中にしみ込んでいるさまざまな荷物を軽々とひらけてくれる気さえした。夜ピースウォークの”昔話”に花が咲いた。乙倉さんも、何か今までとは違ったものをもらった。あの時のことは、今まもよく覚えておられるそうだ。みんな色々な形により、大地と一体になり、命のつながりを確かめているのだと思った。


(かとう)
 
 
星野村ー長良川WALK
02/21 (49日目)
長船
 今日は長い一日だった。何か失って、何か得たような感じ。またもや灯だ。カイロの触媒が破れて、また消えてしまった。もう何をどう説明していいのかわからない。ボー然とカトちゃんがいる長船の乙倉さんの家に行く。カトちゃんにまた火を分けてもらうことになった。
 一息入れて、乙倉さんにナゾの熊山遺跡につれていってもらった。そして着いた時、バックにいれてたはずの笛がない。昨日河原で吹いてバックにいれたハズなのに。山頂から昨日の河原が見えて、乙倉さんが、その辺りは昔、ふくおかと言われていたらしいと教えてくれた。
 その後、牛窓のプチホテルライハナに行って、店長の民実さんのとんびのエヅケを見せてもらったり、本をプレゼントしてもらったり、夜、乙倉さんたちと一緒に和太鼓を叩いたりと、夜ツユで寝不足だったけど、なんだか盛りだくさんだった。ただ夜電話があって、カカムも火が消えたらしい。結局、僕たちが灯を運んでるんじゃなくて、灯が僕たちを運んでるんだと思い知らされた。とりあえず、疲れました。


(水津)



 今朝は、夜中寒さで震えていた。明るくなって目が覚め、カイロにベンジンをつめようとしてたら、近くの人が、おにぎりをくれた。いつものようにお祈りをして、カイロにマッチをあてると、赤く燃える触媒から煙りが上がった。しかし、全然火がつかない。あれっと思って、カイロの熱を調べると、冷たくなっている。あわてて蓋をして、もう1度温めなおす。みぞうちあたりで、一生懸命温めながら祈った。何か温かくなってきたので、見てみると、火は消えていた。頭の中がパニックになった。今朝も何度も、一緒に居ようって、お願いしたのに自分の人間性が、灯を消したのかもしれない。一番心配していた事が、現実化てしまった。心配の上に大丈夫だというビジョンをかぶせて祈ったのに・・・。人に予備をとろうって言っておきながら、起った自分が情けない。3人別々になった事は最初から間違ってたのかもしれない。自分の心や迷いや心配が消してしまったのかもしれない。他の人達、皆に対して申し訳けがないという気持ちと、情けなさで、しばらく動けない。ウォーク前に、皆が心配してたのは、この事だった。吉野川に灯を持っていくと言い出して、代表して来たのが、このザマだ。昨日の夜中中に着いていれば、昨日中にカイロを買っておけば、後悔先に立たずとは、この事だ。今までも、こういうハプニングはあったけど、他の2人のカイロで助かってた。やはり、3人じゃないと、いけなかったのかもしれない。周りの人からの非難が目に浮かぶ。他の2人にも予備を持てと言っておかないと・・・。まだ、けいちゃんも留守番電話でしか、オレ達のこの動きを知らせてない。何て事だ。まだ3日で・・・。
 テントの外に出ると、雨が数分間降った。空も泣いているよ。峠道を登りながら2人の安全と灯の無事を祈った。峠のお地蔵さんの前に荷を置き、山に入って反省した。出ようとしたら、通りがかりの人が話し掛けてくれて、缶コーヒーをくれた。さっきまで震えていた心と体が少し温まった。オレ達は良く電波少年と間違われる。途中、虹の滝に立ち寄った。オレは、1人だけでがんばってるつもりになってたのかもしれない。徳島県に入った所に公衆電話があったので、早速ハルさんに連絡をとった。灯の事を話すと、水津ちゃんの灯も消えたらしい。同時に、こういう事が起るという事は、そういう事だ。ハルさんに、又、合流すればと言われ、何とかそうしようと思う。吉野川まで、数十キロなので、お祈りしたら合流して、灯を運ぶ事に専念しよう。とりあえず、その基本的な部分を忘れてはいけない。それ以上の自分達の事に捕らわれすぎてはいけない。オレはピースウォークというのを理解してなかったのかもしれない。この灯は消えるべくして消えたのだろう。加藤ちゃんの灯の無事を祈る。
 夕方になり、吉野川のほとりに着いた。色々あったけど、何か全部忘れてリラックスした。さっきまでの焦りや、頭の中のごちゃごちゃが流された様だ。大きくて、ゆったりとしてて、どこか長良川と似ていて、にほひも同じだ。そこで1人でお祈りをした。川の水を、ビンに入れて持ち帰った。夜になり、加藤ちゃんや水津ちゃんと連絡が取れて(灯は無事だった。水津ちゃんは、すぐ加藤ちゃんと合流したらしい)どうしようか、相談したけど、良いタイミングで合流できそうな所が無い様だ。地元の新聞を見ていると、吉野川シンポジウムの人達が子供達に、川や自然の事を。カヌーやキャンプを通じて教えるという記事があった。これだと思い連絡を取ってみると、明日の晩、ミーティングをすると言っていたので参加させてくれと申し出た。何か良いタイミングで別の方も話が進んできたので、明日、徳島市の方へ行ってみよう。今日は適当に寝床を探して寝よう。  



(カカム)


 朝なんとなくぐずつく。昨日の「火」のメッセージが気になるのか、なんとなく起きたくなかった。なんとか起き上がり、乙倉さんの奥さんにコーヒーをいただき、ボーっとする。すると、水津ちゃんから電話が入る。なんとまた火が消えたらしい。昨日、結局余裕がなく一人ずつになってしまい、二人で一日ぐらい一緒にいてあげるのが良かったと、少々自分のふところのせまさを感じていたところ、なんと、なんと、こればかりは、「火」というものを持ちながら「心」の勉強をしているのだなとつくづく思った。
  僕は、一人でいたことが多く、なんでもかんでも一人の世界でいままで閉じこもっていたのが、心を伝達することの素晴らしさ、ありがたさ、あたたかく、幸せで、平和になる心、これを、たくさんたくさん味わい、それを人にも分けてあげることが出来るようになろうとしている。 どこへ行っても、すべてのものに愛をささげ楽しめれば、もう何も恐くはなくすべては自分が造ることが出来、何を造るかと、じっくり考えていけばいい。  
  水津ちゃんが来て、火をつないだ。すると、どうも触媒がとても調子が悪く、もう残りも少なくなっていて少々不安が、そして久しぶりに緊張感が走った。ハルさんアドバイスをもらい、元気村に電話をして一安心。
  昼ご飯をいただき、熊山遺跡に出かけた。ここは磁場が強いらしく、多くの神社やお寺が密集しているそうだ。その頂上に、石組み造りで、正方形で三段になっている不思議な遺跡がある。たぶん日本では、類を見ないものではないかと思う。乙倉さんも、いつ出来てどのような目的のものかナゾだらけとおっしゃった。どこか密教の流れか、南米のほうなのか、まったく、見れば見るほどおもしろい。そのそばには樹齢千年の巨木の杉が二本、どーんと、どっしりと生きている。まったく岡山という土地というのは、今まで僕の中になかったのでとても興味を持った。
  その後、牛窓町に行った。ここは日本のエーゲ海と昔謳われ、夏は今でもにぎわうそうだ。そこで、Lahaihaという、動物同伴OKというペンションだった。その名前の意味は、ハワイ語で「魂の集うところ」という素晴らしい意味がありまたイスラム語で「ラクダに乗ってターバンを巻いて歩く遊牧民」というのもあり、とても楽しく思った。そこの民実さんも海を愛する人だ。
  その後乙倉さんの家に戻り、ビデオを見せていただいた。乙倉さんの、だんなさんは和太鼓、奥さんはクラシックバレーをしていてそれを組み合わせてのショーはとても面白い。また乙倉さんは備前鼓空というアクティブなごちゃ混ぜライブショーはとても岡山の人間の熱さも見ることが出来た。するとカカムから電話があり、徳島の脇町にいて、吉野川の水をGETしたそうだ。だけど、カカムも「火」が消え、本当に「火」のことを考えさせられる一日だった。やはり僕らにとっては、「火」というものは軽いイメージというのが常識になってしまっているようだ。「火」というものに常に感謝を。夜、乙倉さんの家族と夕食をいただき、昨日に続いて、太鼓をたたかせていただいた。太鼓の響きは、本当にエネルギッシュで好きだ。


(かとう)  
 
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