02/08
(36日目)
広島市安芸区→竹原市田万里 |
何故、3人で歩いているんだろう。足並みが揃ったり、揃わなかったり、心配したり、イライラしたり、それを言葉にしようとすると、薄っぺらいになってしまって、風の様に通り抜けてしまい、空っぽになった心には、自分のしがらみだけが散乱して、青い空が見えない自分に気づく。その時、その時で変化して行く、現実からのイメージ。信念として、想いとして、願いとして、そっと灯し続ける、ささやかなイメージ。イメージって、何だろう。
夕方、田万里からヒッチハイクで尾道まで行った。DADA CHILDのLIVEに行った。もし、僕達3人のWALKが音楽だったら、どんな音を出しているのだろう。そして、自分自身は、どんな音を出しているんだろう。DADAのみんな、元気な元気な、ホッっとする様な、気持ちの良い音を有難う。青い空を自由に羽ばたく鳥の様に、解放され続けますように。今晩は、三原の平野由理ちゃんの所にお世話になって居る。どうも有難う。明日は、また田万里から歩くつもりだ。
(水津)
|
|
02/09
(37日目)
竹原市田万里→三原市 |
昨日の到着点まで、由理ちゃんに送ってもらい、オレ達は歩き始めた。今日は荷物もなく、天気も最高で、三原まで25キロ、気分も最高で、周囲の視界も今日は、やたら広く、太陽に照らされた木々や、山や建物が、今日は輝いて見えて、その1つ1つの存在感が大きかった。オレ達は、山沿い、川沿いの散歩道をゆっくり歩いた。途中川原で焚火をして、昼食をとり、散歩気分で進んだ。
今日はいつもと何か違う。そう思ってた時、「三原26キロ」の標識が、オレ達は、たまげた。オレ達は、周囲の景色がきれいだったので、国道から外れて、10キロ以上も来た時に、朝始めから、外れて歩いた事に気が付いた。仕方無く、そのまま海沿いの道を歩いた。海もとても穏やかで、瀬戸内海の島々を見ながら、色んな夢を見た。結局、暗くなっても着かず、最後は、地元の中学生のエミちゃんとリエちゃんに案内してもらいながら、平野さん家に着いたのは8時過をまわっていた。帰ると、真理ちゃんが、鍋と風呂を用意してくれ、夜遅くまで、楽しい時間を過ごした。今日は長く楽しい1日だった。
(カカム)
|
|
02/10
(38日目)
三原市 |
三原の神明市に行った。縁日はとてもにぎわっていて、自分達は、訪れた人達と一緒に楽しんだ。広島ウォークの時にも大変お世話になった、あの元気で、チャキチャキした、おかん平野ママ。娘の歌の上手い由理ちゃんが案内してくれた。祭りにて、道路の上にある、ダルマは、世界一大きいらしく、その下をくぐると、受験にすべると言って、まだ、幼な心のある中学生、高校生に、かわいらしい迷信を創ってあるのが、とても微笑ましかった。ちなみに由理ちゃんは、受験前に祭りに行き、そのジンクスを破った1人。さすが。
昔懐かしい屋台が、街を所狭しと立ち並び、小さい頃、心はずませて、祭りに出かけた事を思い出す。少ないおこずかいで、屋台のおかしなゲームに熱中していた事を、懐かしがらずにはいられなかった。ハズレが出ても、おじさんは、それなりに、"
良い答え"を持っていて、だまされても、何か、それなりに納得がいった。確か、そのハズレは"宇宙食"とか名づけた、チュウチュウビニール棒のジュースだった。今日は少々冷え込んでいたにもかかわらず、大勢の人が、祭りに出かけていて、ふと、気が付いた。こんなに混雑しているが、ここに来ている人達は、人だかりを楽しんでいるのだ。満員電車の中とは、偉い違うなと、不思議に思う。道々に、つまみ食いをしながら、平和な1日を暮らす。
途中、広島ウォークの時に、トムさん達と何人かで、出かけた小学校の生徒達が、声をかけて来た。僕らは、すっかり忘れていた時の偶然の出会いに驚いた。子供達は良く覚えてるものなんだなと思った。何か"小さな芽"が少しずつ成長してる気にもなり嬉しかった。三原はタコが有名らしく、"タコ飯"を頂いた。途中、着物を見つけた。古着屋さんに出会い、ハっとした。みんな、おのおのの好きな着物を買い付けた。
前々から、日本の古着が欲しかった。日本人は"服"さえも、独自のオリジナルな素晴らしい民族衣装を持っていた事も忘れて、そして、その着心地の良さ、見た目の良さは、とても日本人の心に沿った物の様に思い、とても懐かしく思った。僕らは、激しい経済成長の中に育ち、もう、日本の良き文化は、欧米化への憧れにより、少しずつ、影をひそめてる時に育ち、もう一度、"思い出す"作業をしている気がする。目が喜び、耳が楽しみ、口が微笑み、鼻で感じる、手足が踊り、体にしみる様な生活を望んでいる。"歩く"事によって、忘れかけてた事を、呼び戻しているのだろう。 (かとう)
|
|
02/11
(39日目)
三原→尾道 |
一体、何のために歩いてるのだろう。昨晩、平野のおばちゃんに聞かれた時、はっきりと答える事が出来なかった。灯を長良川まで運ぶという大義名分では答える事はできるけど、自分自身は一体何を求めているんだろう。重たい荷物を背負って、今日も歩いた。そして、明日も歩く。荷物なんて、なくてもいいんだろけど、自分の不安の分だけ、欲の数だけ増えていき、ますます重たくなって行く。飯を食べて、歩いて、寝るだけなのに、自分自身に余裕がない、もてない。その時、その時で移り過ぎて行く心に追われて、何とか対比させる事でしか、自分の心を納得させられない。ありのままの自分の心。自分自身。自分はどこに立ち、どこに歩いているのだろう。平野のおばちゃんは元気だ。みんな朝まで話込んでいたようだ。
今日は尾道の妙宣寺に泊めて頂いてる。広島までのピースウォークの時にお世話になった所で、住職の加藤さんが、心良く部屋をあてがってくれた。のんびりさせてらっている、有難う。有難い、有難い心に触れ続けていくうちに、もっと心は有易く、有易くなるのだろうか。だんだん、歩く事が、日常になりつつある様な気がします。けど、出来るなら、もっと身軽になりたい。 (水津)
|
|
02/12
(40日目)
柳井市 |
ゆっくりさせてもらった尾道の妙宣寺を出発して国道2号を再び北上した。途中、乳母車を押しながら南下する旅人とすれ違った。人は皆、それぞれ様々なスタイルで旅をしているんだろうね。オレ達は、今日も背中に30キロ近い重荷を背負って盲で歩いた。
今日の予定地は、笠岡の俊ちゃん、ふみちゃん家との中間だったが、ハルさんや別ちゃんが俊ちゃん家に居ると聞き、予定を変更して、笠岡まで行っちゃう事にした。前回、柳井まで歩いた時の悪夢が一瞬よみがえったが、荷物を背負っての約40キロ行進をしてみる事にした。今日のウォークでも、オレ達の問題が、はっきり見えた。現在はそういうプロセスの途中なのだろうか。自分達の心の平和を現す為の必要なものなのだろうか。夜遅く、俊ちゃん、ふみちゃん、ハルさん、べっちゃんに会えた。とても嬉しかった。皆、オレ達を温かく迎えてくれて、言葉で現せない様な嬉しさが、こみ上げて来た。
今晩、会話の中で、俊ちゃん家族の人と、加藤ちゃん、水津ちゃん、ハルさんの誕生日が同じだと判明した。この偶然は、どういう事なんだろう? (カカム)
|
|
02/13
(41日目)
|
サンスクミ…蛙がヘビをにらみ、ヘビがなめくじをにらみ、なめくじが蛙をにらむ。
サン(三)どこへそれぞれが在ても、三角形は出来、変幻自在であるのは確かである。どんな形でも良しとして、ここまで進んで来た。心の火が僕らの足元を照らし、水をつなぎ、光となる。その火はさまざまな人々の「心」の宝箱であり、水はこの全ての「命」の恵みである事を、想像を超える時間を超えて、伝わって行く事を。喜び、悲しみ、笑い、泣き、苦しみ、楽しみ、色々な人々の色々な想い出が川に写っている。そんな風を長良川に吹かせたい。一滴一滴をポタポタ感謝して、一歩一歩にテクテク祈りをこめて、輝くよう、流れるよう、祈り川、サン、サン、サン。 (かとう)
|
|
02/14
(42日目)
笠岡 |
今日も俊ちゃん家にお世話になっている。僕達の長良川へのウォークのチラシの原稿が出来、それを印刷している時に、松本のパン屋のケンちゃんの訃報を聞いた。ケンちゃんとは昨年初めのビックマウンテンウォークの時に出会い、一緒に歩いたり、美味しいパンやピザをご馳走になった。「そろそろタバコを止めようかな」と言って、僕に残りのタバコをくれた事を覚えている。今、僕達が運んでいるこの灯を、松本の神宮寺から元気村のバウさんに分灯する時にも、ケンちゃんは深くかかわっていたらしい。
ハルさんが、今日岡山に発つ時、パイプセレモニーをしてくれた。ここ最近、内へ内へと向きがちだった僕たちに改めて、水をつなぐ、川をつなぐ、ウォークをつなぐ瞑想儀式、そして祈りの大切さを思い出させてくれた。歩いていない人も一緒に歩いてるし、生きている人も、旅立った人も、みんな一緒に歩いているんだという繋がりを忘れる事なく、川を渡って行くつもりです。生きている人より、死んだ人のが多いという事実。そして僕達は、死んでしまった人や、これから生まれてくるであろう人達の間で、生命をつないでいるのかもしれない。だからこそ、生きている僕達は、今を精一杯、生き生きと、生きなければいけないと思います。ケンちゃんの御冥福を心からお祈りいたします。 (水津)
|
|
| |
|
|
|
|
|
|