01/04
(1日目)
星野村 晴れ |
今朝は起きて1番に、スイッちゃんと、カトちゃんとオレは信吾から火の分灯を受
けた。
これから長良川まで運ぶこの火をカイロに分けてもらった。
55年間消えなかった原爆の火と広島の平和の火と長崎の誓いの火を合わせたこの火を、無事に長良川まで運ぶ事を誓った。
絶対に火は消さずに運びきる。
昨晩の焚き火のところで話してる時、この火を長良川に届けるという強い意思がわき上がってきていた。周囲の人達は、オレ達が運ぶ事に関して少し不安があるように思えたが、オレ達がやるしかない!!
今まで宿まっていた有ちゃん家を片付けて昼ごろ福岡県のあの星野村から出発させてくれるという皆の配慮に感謝している。
星野村の平和公園でサークルをくんで皆でパイプセレモニーをしてもらい、祈りの中で、そして55年間燃えつづけていた原爆の火のメモリアルの前から、オレ達の長良川に向けたwalkが始まった。
皆のあたたかい気持ちに見守られているという実感がとてもよかった。
今日は歩かず、この星野村の平和公園で寝る。 (カカム)
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01/05
(2日目)
星野村〜浮羽町の古墳 |
この冬一番の寒さでほとんど寝ることができなかった。それでもやる気マンマンで期待に胸ふくらませて、10時頃出発。なんとなく山本達雄さんを訪ねたいという事になったので商工会議所で問いあわせてみると達雄さんは病気がちなので次男の拓道さんが会ってくれる事になりました。拓道さんは浮羽町に抜ける峠で釜を構えて陶芸をやっている人で年齢は45位かな、仏教の事なんかにも詳しい、温和な方でした。
そこで、この原爆の灯の事について、色々な話を聞きました。お互いにだんだん盛り上がってきて、おモチをいただいたり、ビデオを見せてくれたり、拓道さんのお師尚さんの中川和尚さんもみえて、奥さんがいれてくれた温かいコーヒーを飲む頃には夕方5時頃でした。また会いましょうと、約束して僕たちは、暗闇を月明りを頼りに浮羽町まで駆け下りました。いろいろな人の縁にまみれながら奥深い旅が出来ればと思います。
夜は古墳で寝むりました。 (スイツ)
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01/06
(3日目)
浮羽町〜久留目 摂化院 |
今朝は、浮羽町の重定古墳にはったテントの中でカイロのベンジンをつめ、テントをたたみ西へ向かった。
途中に寄ったローソンで煎り玄米を食べていたら、店長に話かけられ、いろいろ話していたら店長の西見奉則さんが応援してくれて食物を買ってくれた。そこで、真野丈太くんという日進町出身の若者にも会い、「街のホットステーション」という名にふさわしい出会いが出来た。
そのまま、古墳通り、神社通り、お寺通りの山の近くの県道を通って歩いていった。
この付近は古代から続く歴史の深みを感じるとても良い処だ。太陽もとても気持ちよく感謝して歩けた。
昨日会った中川さんと連絡をとって摂化院に泊めていただいた。
夜は中川さんとこの辺りの歴史、地理、環境問題、公共事業等、たくさんの話をして時間が無かった。もっと、話がしたいと思った。 (カカム)
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01/08
(5日目)
摂化院〜田主丸の筑後川の河原 |
7時30分に起きたんだけど、なんやかんやで出発は11時になってしまった。国道沿いに浮羽町の方に戻る。途中でカブを拾ったり、みかんを拾ったり、食べ物は不自由しない。良く歩いたのか歩かなかったのかわからない感じで、夕方筑後川の河原でキャンプ。
長良川までたどりつけるのでしょうか。 (スイツ)
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01/09
(6日目)
筑後川の河原→小石原村手前のみやげ物屋 |
朝 目が覚め、テントを開けると、どんよりした雲が一面に広がる。僕と水ちゃんは寝ぼけまなこで顔を見合わせ、顔をお互い曇らせた。これまで歩いたと実感した日はまだなく、今日こそは、と思ってたのに。
ハルさんからもらったセイジのような草をたくが、しかし、しけっていて上手くたけない、だけど少しは清まった様ではあった。カイロにベンジンを入れ、毎日のおつとめを終え、かるく昨日炊いたおばあちゃんの乾燥野菜と拾ったカブとワカメを入れた炊き込みご飯をいただき、歩いている途中、みかんを拾っておじさんと少し目が合い、上手くお礼を言えず気まずかったみかんを食べ、いつもの様にサークルを組み出発した。
僕らは昨日、筑後川のほとりで火を焚き夜を過ごした。筑後川は広く、この辺りの川を1つにまとめている主である。河原は葦などがいっぱい立ち並び、とても落ち着く美しい場所であった。
僕らは21世紀最初の満月を迎えようとしている。ウォークのみんなは何処で過ごすのだろう?空はかぎりなく動き不変で素晴らしいから、きっと、みんなもそれぞれの美の中にあるのだろう。
歩き出して筑後川を渡った。何気なく渡った。でも 昔、橋を最初に作り渡った時の、この上ない気持ちはどんなものだっただろう。橋を渡ってすぐ行くと、水の神様が祭ってある。お詣いに行くと、そこは、大災害が起きる場所であったそうだ。そこを先人は河原に石畳を敷き、治水し、田んぼに水をひいたのが江戸の始めだそうだ。日本中でもかなり大きいものだそうだ。最大の難は、知恵で最大の利となる。
筑後川北斜面の道は、大分に抜ける道で交通量も多く歩きにくかった。昨日の夕方、筑後川の川辺を歩いたのは最高だったな。
歩いて行くと2番目の川に出会う、そこを渡ってすぐ、川と橋の角に、柿が鈴なりになっていた。僕らは大地のギフトに目がない猿の様だった。美味しくいただきました。
それから少し歩き続けるとパラリパラリと雨が降り始めてきた。原鶴温泉は筑後川のほとりにあり、その近くの道の駅でお昼にした。小1時間休憩をとっていたら、雨がより本降りになり、朝の雲行き通りになり始めたらしい。筑後川の温泉辺りでは、かなり本降りになり、かなり気合いは入った。距離をかせいで早く英彦山に着きたいという思いと、降り出した雨で、少しいらだたしくもありながら先に進んだ
県道52号に沿って英彦山方面に北上した。雨は降り続けた。白木谷川、己石川、赤谷川を渡り、そろそろ今日の寝床を探さないと風邪をひくなと思ってた矢先にますぞの里という物産、青空市場の小屋があった。向かいのレストランの人に尋ねると管理している岩下さんという方に電話をしてもらい、岩下さんは、わざわざこちらまで来て、くれぐれも、火の元だけは注意してきれいに使って下さい。と言われ、僕らは、とてもとても嬉しかった。
そこには、ぜんざいを作る火をおこせる囲炉裏のようなものが上手い具合にあって、偶然にも薪もそろっていた。雨の中、焚き火が出来、濡れた靴と服を乾かしながら暖をとった。雨で少し薪も濡れているだろうと心配したけど、心配無用で必要な物は全てその場でその時に満たされる、神のおぼしめしを感じた。美味しい炊き込み御飯と味噌汁をいただき、とても幸せな気分を今夜も味わう事が出来た事に感謝します。 (カトウ)
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01/10
(7日目)
みやげ物屋→英彦山登山口 |
今朝はいつもより早起き、カイロのベンジンを済ませ、8時半ごろ昨日雨宿りの為に泊まった特産品売り場を出た。
とりあえず、ひたすら英彦山方面に向かった。途中ドライブインで休憩して小石原を通って添田町に行った。英彦山のふもとの行者堂で昼飯を食べた。英彦山は役行者が修行していた山で室町時代から山吹達が難行苦行をしていた聖山の1つである。
僕らは英彦山駅を通って、英彦山の中腹辺りの山道沿いにテントを張って今晩過ごす事にした。
今日はチョコを食べたせいか、汗がたくさん出て、爽やかに山道を歩いた。
(カカム)
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